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いい日 旅立ち / 山口百恵

百恵さんが20歳になった頃にヒットさせていた曲ですね:

いい日旅立ち.jpg

チャートアクション

「いい日 旅立ち」は山口百恵さんの24枚目のシングルとして1978年11月に発売され、
オリコンシングルチャートで最高3位(同年12月11日付)、同100位内に23週ランクインし
売り上げ枚数は53.6万枚と、「横須賀ストーリー」に次ぐ成功を収めました。


作品について

ディレクターだった川瀬泰雄氏によると、国鉄(現JR)のキャンペーンのテーマとして
「いい日 旅立ち」なるコピーがまず作られ、それに合わせて作家の人選がされたそうです。

似たようなパターンとして1971年の大ヒット「わたしの城下町」(小柳ルミ子)がありますが、
両曲とも明るさは抑え、抒情的な雰囲気を重視している事が共通点と言えます。
個人的には、「いい日…」はやや暗すぎる気がしますが…。


作家について

「いい日…」の2ヶ月ほど前に発売されたアルバム「ドラマチック」に数曲提供している
谷村新司氏が作詞・作曲を担当しています。

編曲は川口真氏。
川口氏はそれまでにもシングル「赤い絆」などでアレンジを担当しましたが、
ことに「横須賀ストーリー」以後の編曲は萩田光雄氏が主導していた印象が強く、
川口氏の起用はやや意外な気がします。
川瀬泰雄氏は、それが元々楽曲が持つスケール感を生かすアレンジを期待しての人選だった
と語っています(「昭和40年男」Vol.23掲載のインタビューより)。


もしも萩田光雄氏がアレンジしていたら「秋からも、そばにいて」(南野陽子)のような
バロックを模した、派手だが品のある音楽になっていたかも…とか、
船山基紀氏ならば「パールカラーにゆれて」(山口百恵)や「コントラスト」(岩崎宏美)のように
イントロや間奏でキーボードに4度の和音を演奏させて中華風サウンドにしていたかも…
などと想像してみるのも楽しいものです(^^)

1978年当時は音楽界はとても活況で制作予算も潤沢だったそうですから、
「いい日…」にも別アレンジャーによるバージョンがある可能性はかなり高いのでは(^^)


楽曲について

構成としてはシンプルな2ハーフです。

リズムは穏やかな8ビートですが、A'メロ(♪帰らぬ人達…♪)以降でのハイハットワークや
サビのメロディー(♪ああ日本のどこかに…♪)の動きなどには16ビートが感じられ、
静的に傾きがちな雰囲気の中に隠れたダイナミックさを感じさせます。

歌メロは、歌い出しでいきなり1オクターブも動く大胆さを持っています。
さらにその音使いはそこのコードの構成音を一つずつたどったもので歌いにくく、
音域は下のFから上のCまでの1オクターブと5度とかなり広くなっています
(最高音のCは山口百恵さんはきちん出していませんが、それは意図的なものでしょう)。

また歌メロはタイトル「いい日 旅立ち」の部分以外のフレーズはすべて弱起で作られ、
「いい日 旅立ち」のコピーを強調するようになっているのも意図的なものでしょう。


コードはセブンスやテンション系も用いて、ややするとモノクロなイメージのこの曲に
色彩感を与えています。

またコード進行とベースの動きの密接度がかなり高い曲でもあります。
そこで前々回に掲載した楽譜をもう一度出しますね(画像上クリックで大きく見られます):
いい日旅立ち2score.jpg
音が山のように上がっては下がって…と言ったパターンで作られている歌メロに対し、
ベースの演奏には下降形のクリシェが多用されている為に和音の安定感が薄くなり浮遊感が生まれ、
それが歌詞の持つ情緒的なイメージを助長している…と私は感じています。


さらに大きな事として、同じような歌メロでありながらコード進行を変えている部分が挙げられます。
それは楽譜でA'メロ(♪帰らぬ人達 熱い胸ををよぎる♪)とCメロ(♪いい日旅立ち 夕焼けをさがしに♪)
の部分を聴き比べてもらうとすぐに判ります。

即ち、A'メロ(Aメロもほぼ同じ)ではほぼコードをそのままのベース音で使っているのに対し、
Cメロではコードは同じでベースを半音ずつ下降させるクリシェにしてあるんです。
そのような動きはクラシック、特にメヌエットと呼ばれる音楽を思い起こさせます。

そんな特徴あるベースラインの動きも「オリカラでピアノ」で忠実に演奏していますので、
良かったら今一度参考にどうぞ:
(動画のリンク)
https://youtu.be/9sOtZ_cD2jQ

アレンジについて

イントロは全楽器総動員と言ったサウンドで、壮大さを感じます。

アコースティックギターによるアルペジオと駆け上がりを多用したストリングスで
しっかりと壁を作り、合いの手(オブリガート)は極力控えめにして
ボーカルをしっかりと聴かせようとの配慮が感じられます。

じっくりと聴いてみると時々ミュージシャンの主張を感じる演奏も散見され、
特に間奏でベースギターがスラップしているのが耳に残ります。

しかしこの曲のカラーを決めているのは、イントロと間奏でのトランペットでしょう。


サウンドについて

この曲で使われている楽器とその定位は:

左: ピアノ アコースティックギター ウィンドチャイム

中央: ドラムス ベースギター トランペット エレキギター クラベス 女性コーラス 

右: ハープ アコースティックギター ウィンドチャイム

左右ステレオ収録: ストリングス(左方向に高音域、右方向に低音域)

左右に一本ずつ、ほぼ同じ音色でほぼ同じアルペジオ演奏のアコギを置き、
リスナーを包み込むような安定したサウンドが感じられます。

トランペットには薄くフェイズシフターがかけられ、わずかにシュワシュワ感を出しています。
「涙の太陽」(安西マリア)のホーンにもフェイズシフターが使われていますし、
川口氏が好むエフェクトなのかも知れませんね。

中央からやや太めの音のエレキギターが聞こえますが、ごく断片的で目立たず、
ミックスの際にかなり消されたのではと推測されます(^^;)


付記

「いい日 旅立ち」は山口百恵さんの代表曲と言われる事が多いようです。
知名度と言う意味でも、またいつだったか「昭和の歌100選」などに選ばれた事でも
そう思われても不思議ではない気はしますが、私は個人的にはどうも納得できないんです。
「横須賀ストーリー」のような、完全に感性の赴くままに作られたような曲の方が、
立案からして商業用だった「いい日…」よりも山口百恵さんらしく感じるんですね。

これまた個人的にですが、歌詞にもよくわからない箇所があります。
2コーラス目の「私は今から想い出を創るため 砂に枯れ木で書くつもり ”さよなら”と」
がそれで、想い出を「創る」ためにそんな作為的な行動をするか?と思ってしまうんです。
想い出とは気づいたら残っているもの、ではないでしょうか。

あともう一点。
この頃の山口百恵さんはいつでも安定した歌唱を聴かせていましたが、
♪…私を待ってる人がいる…♪ のフレーズを、テレビなどに出演した時には
「待ってる」の部分をすくい上げるような音程で歌っていたのですが、
それがどうにも過剰演出に思えて好きになれませんでした。
単に好みの問題だと思いますが、想いを込めた演出を入れるよりも、
素直にあっさり歌ってもらう方が心に残る事も多々あると、私は思います。

それらはともかく、「いい日…」は発売から37年余り経つ現在でも歌い継がれている
名曲である事は疑いのないところですし、
皮肉な事ですが、JR以前の暗いイメージだった国鉄を思い起こすにも
最適な楽曲と言えるかも知れません。


「いい日 旅立ち」
作詞 : 谷村新司
作曲 : 谷村新司
編曲 : 川口真
レコード会社 : CBSソニー
レコード番号 : 06SH-418
初発売 : 1978年(昭和53年)11月21日
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シノピー

こんばんは。ご無沙汰です。そして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。今日「本日」は僕のバースデーですが、健康管理を心がけています。そして、音楽歴29年目になる今年、昨年は大好きな旧アイドル歌手「ナンノちゃん「南野陽子」、ミポリン「中山美穂」、斎藤由貴・浅香唯、故本田美奈子」・ジャニーズ歌手「少年隊」のデビュー記念日に感激しました。

今日は百恵さんの代表曲を取り上げてくれたのですが、この曲以降、引退前に出した「一恵」まではあまり明るい曲調の楽曲がなかったことに残念がたく感じられますが、同時期でトリオとして一緒だった淳子さんとの差は以前にも触れたとおり、歌声の変化の遅れと、イメージの異変だと思われる。



by シノピー (2016-01-10 21:19) 

ぽぽんた

シノビーさん、あけましておめでとうございます。 そして1日遅れてしまいましたが、
お誕生日おめでとうございます(^^)

私は今年も正月早々、ショッピングモールにミニライブを観に行きました。
今回は浅香唯さん。 「メロディー」「セシル」「C-Girl」「Believe Again」の4曲を歌ってくれました。
今年初めての仕事だったそうで、声の調子は今一つでしたがとても元気そうでした(^^)

山口百恵さんのシングル曲は全体的にも明るい曲は少ないですね。
アルバムでは結構弾けた曲もあったりするのですが…イメージを保つためでしょうか。

今年もよろしくお願い致します!

by ぽぽんた (2016-01-11 18:17) 

シノピー

おはようございます。そして、ありがとうございます。
唯さんのミニライブがあったそうでなによりですが、「メロディー」以外の3曲は自分にして馴染みのある曲ですが、唯さんといえば、スケバン刑事Ⅲの風間三姉妹の長女役と主題歌、そしてスズキ3代目アルト「BESTALTO」のCMキャラクターがイメージに強く、それで自分は5番目に好きな旧アイドル歌手としております。

百恵さんの件ですが、先ほど語った通り、16才の時に出した「夏ひらく青春」以降、「白い約束」あたりで「夢先案内人」と「乙女座宮」、「しなやかに歌って」を除くシングル曲は歌唱力が確立した楽曲、切ない大人の楽曲やバラード、ツッパリ系の楽曲が多いといわれております。

歌う表情も14~16才初期とはまったく異なっていることに注意したい。

by シノピー (2016-01-12 01:48) 

スイゲン

ポポンタさん、
明けましておめでとうございます。
で、いいのかな?遅過ぎ?
本年もよろしくお願いします。
この曲が発売された年、私は浪人中。
世間の事に少し疎くなっていたんですが
百恵さんは絶好調のようでしたね。
これを初めて聴いた時に感じたのは、
随分歌が上手くなったなあ、ということでした。
秋桜の頃はまだ歌声が歌手っぽくなく、
ありが、とうの言葉を・・・
と区切りの悪いところで声が変わって聞こえたりしたもんでした。
(学校の机にMOMOEと彫っていた奴の話では、
感極まり声が詰まる表現なんだそうです)
その後(昭和)ムード歌謡をイジったような乙女座宮
石原裕次郎さんの歌と同じ位の音域幅で一人芝居っぽいプレイバックや絶対絶命
だったので歌手山口百恵は久しぶりに聴いた気がしました。
曲自体の感想は、ちょっとクサいかなぁ・・・
だって谷村新司なんだも〜ん、でしたね。
(デモテープ聴いてつられたかな?)
でも、こういう曲は24時間テレビの
マラソンランナーが会場に到着した直後の様な現場の
熱気のなかだと名曲になったりするんですよね、
サライみたいに。

歌詞については、私も違和感がありますね。
全体では親を亡くしての感傷旅行と思われたんですが
指摘されてた箇所は、思い出をつくるを思い出にすると同じような
意味かと思ったんですが、それだと失恋っぽいんで混乱しちゃいます。
どっちにしても、いい日の旅立ちっぽくないですよね。

年末の週刊誌の見出しで笑わないアイドルの文字の側に
百恵さんの名前があったんですが、そんな風に言われてましたっけ?

国鉄のCM曲では、郷ひろみ(お父さん国鉄職員でした?)
♪エキゾチックジャパン が派手でしたね。
去年の紅白で歌ったんでしたっけ
by スイゲン (2016-01-15 15:03) 

ぽぽんた

シノピーさん、こんばんは! お返事が遅れて申し訳ありません。

山口百恵さんについては、デビュー時から常に変化を見せていたようなイメージがあります。
スタ誕で「としごろ」を歌っていた時には全く平凡な感じだったのが、「ひと夏の経験」の頃には
どこか妖しげに、「横須賀ストーリー」あたりからアイドル感が薄れて歌手感が強くなり、
それ以後はよりアーティスティックに…と言った感じでしょうか。
やはり常に変化を見せるタレントはいつまでも大衆の記憶に残る、そんなモデル的存在ですね。

by ぽぽんた (2016-01-15 17:49) 

ぽぽんた

スイゲンさん、あけましておめでとうございます。

仰るように、確か郷ひろみさんのお父さんは国鉄にいたような…大昔に読んだ明星に載っていたかな(^^;)

百恵さんの楽曲についてはわりと辛口なご感想をお持ちですね(^^;)
私も正直な気持ちを言うと、「横須賀ストーリー」以後、目立って楽曲のクオリティが上がって
いったのは確かと思うのですが、どこか制作側が楽しんでいる割合が高くなっていって
リスナーが少々置き去りにされていった印象があるんです。
なので、百恵さんのファンにとってはとても楽しくても、そうでない人へのアピールが
どんどん弱くなっていった気がするんですね。
それが、結婚・引退時に騒がれたわりには、キャンディーズの引退の時のような
盛り上がりが感じられなかった(特にチャート関係で)原因であるように思います。

百恵さんは歌っている時には曲によっては強い表情であっても、決して「笑わないアイドル」
ではなかったですね。
むしろ私は笑顔の百恵さんが好きでした。
どうも当時をよく知らない人が記事を書く事が多いようで、リアルタイムで知っている者
にとっては「なんじゃそりゃ」って事、よくありますね(^^;)

今年もよろしくお願い致します!

by ぽぽんた (2016-01-15 18:18) 

Massan

ぽぽんたさん、あけましておめでとうございます。
この曲は上野駅で夜行列車の座席に座って発車を待っていると自然に口ずさんでしまうほど、当時の私にとっては「旅の序曲」でした。私にはこの曲のイントロダクションが、まるで流れ星が夜空に流れたさまを音で表現したかのように感じたものです。ご記憶あるかもしれませんが、このときの国鉄キャンペーンのトレードマークが流れ星をイメージしたものと思えるので、よけいにそんなイメージを思い浮かべたのかもしれません。イントロと間奏のトランペットはまるで澄んだ星空に響き渡るようで、硬い座席から暗闇の車窓をぼんやりと眺めていた夜行列車の感覚を思い出します。もっとも歌詞には夜行列車をイメージさせる語句は何もありませんが・・。
それでは今年もよろしくお願いいたします。
by Massan (2016-01-15 23:56) 

シノピー

ぽぽんたさん、ウーン、たしかに・・・・。
では、淳子さんの方はどうだろうか?
僕が思われるのは、以下のとおりである。

「天使も夢見る」「天使の初恋」は初々しさとメルヘンさを
「私の青い鳥」は百恵さんの青い性のイメージを反面する形で
「花物語」「三色すみれ」は、少女らしさを
「黄色いリボン」は、女の子をイメージとして
「花占い」 恋愛をテーマに

「はじめての出来事」以降、「17の夏」あたりは自身の歌い方・歌声変化に伴って、前半の楽曲はその確立の準備対策、後半の楽曲はそのピークとして、そして「きまぐれヴィーナス」以降の楽曲から確立に成功したという。

どうでしょうか?

そして、シンシアとアグネスさんはどうだろうか?ぽぽんたさん、どうですか?
by シノピー (2016-01-16 20:24) 

ぽぽんた

Massanさん、あけましておめでとうございます。 お返事が遅れて申し訳ありません。

う~ん、素敵ですね(^^) このようなブログを書いている人間が言うと変かも知れませんが、
音楽、歌謡曲って、理論やサウンドがどうの、ではなくて、作品全体に対する印象やイメージを
聴いた人それぞれが持っていて、それが自分の生活や思い出と結びつく瞬間が
最も素晴らしい…と思いますし、作家にとってもそのようなエピソードを知る事が一番嬉しいのでは、、
と思います。 きっとそれは緻密な作品作りがされているからこそ、そんな力を発揮できる
ものなのかも知れません。

こちらこそ、今年もよろしくお願い致します!

by ぽぽんた (2016-01-18 22:41) 

ぽぽんた

シノピーさん、こんばんは! お返事が遅れて申し訳ありません

桜田淳子さんについてもきっと当てはまると思うのですが、阿久悠さんが岩崎宏美さんについて
言った事のように、作家としてはアイドル歌手にはいかに上手に年を取らせるか、
それに最も気を遣うものかも知れません。
結果的に読み分けると、シノピーさんが分析されたようなイメージになるのだろうと思います。

南沙織さんについては、作詞家の有馬三恵子さんが「主張のあるアイドル」を、
と言うコンセプトであったと何かで読んだ事があり、「17才」から始まる有馬・筒美コンビの
シングルを改めて見直すとなるほど、と思えます。

アグネス・チャンさんについては、恐らくデビュー時は日本語がたどたどしい事を
「可愛い」に変換させて若い人達にアピールする方法を使っていたと思うのですが、
アグネスさん自身が最も気に入っていると言っている「愛の迷い子」あたりから、
それまではアルバムだけで披露していた音楽性を徐々にシングルでも発揮し始めて
いったように思います。

by ぽぽんた (2016-01-18 22:51) 

シノピー

こんにちは。返答の方をありがとうございました。

桜田淳子さん

やはり、そう思いつきましたか!歌唱力だけではなく、音楽性の確立化がなされたのは「しあわせ芝居」あたりからだと思いつつ、「20才になれば」や「化粧」といった中島みゆきさん曲法には「しあわせ芝居」以上に大きく繰り広げ、大人の音楽性の楽曲を徐々に出していくようになったきっかけがそこだと思われます。けど、百恵さんとは違って、明るい楽曲も出していて、
「代表的な曲は「サンタモニカの風」?」、1983年に出したシングル「朧月夜」を最後に10年間の歌手人生にピリオドを打つこととなります。

シンシア

自分自体にシンシアとしては1974年あたりから人気低迷に陥ったのと、アイドル路線から正統派とはいかないような大人の路線へ音楽性を転向していった時期ではないかと思われ、歌う表情やレコーディング録音した歌声がそれまでとは違う形式にもなって、「夜霧の街」以降、アルバム「20才」あたりでその存在感を満たすことから、ピーク化は「哀しい妖精」だと思う。

一様、明るい楽曲は「街角のラヴソング」出しているものの、それまではバラードや暗い曲調の楽曲が続いていたこともあって、なにかと著しかった。

アグネスさん

その音楽性を満ちた楽曲はこのブログ記事で取り上げていた初めての楽曲といっていい「白いくつ下は似合わない」が正解だと思われます。

追伸 先ほども触れましたが、ご二人のヘアースタイルについて、長髪であったものの、アグネスさんが「冬の日の帰り道」を披露した当時の夜のヒットスタジオにて、1976年1月5日分の放送回では、同期の麻丘めぐみさんと間違われるほどのヘアースタイル「特に前髪部分。OPメドレーで、チーター「水前寺清子さん」がアグネスさんのデビュー曲を歌い、歌い終わった後でアグネスさんにマイクを渡した後、顔アップで確認「アグネスさんはクールファイヴの「逢わずに愛して」を歌っている」」をしていましたから、これが自分にして、気になったヘアースタイルだと思っています。

先ほどもいった通り、アグネスさんはカナダ留学後、日本帰国あたりでヘアースタイルを徐々に変えつつ、「ぼくの海」あたりでかなりの別人になる。

シンシアは人気低迷だった1974年から1976年あたりにかけ、ウェーブ調のヘアースタイルで「夜のヒットスタジオ」に登場していたようで、アグネスさんがカナダ留学で芸能活動をお休みされる前の1976年8月9日放送回では、全盛期当時の頭センター別けの黒髪ヘアースタイルに戻しており、アグネスさんのトーク途中でシンシアはあまりの辛さに絶えず、号泣してしまったというエピソードが残っていますが、大学が一緒だったことからだと。

けれども、そのシンシアも翌年あたりで徐々にヘアースタイルを変えつつ、
シングル「ゆれる午後」を出していた時期はトランプのいずれ「ジャック・クイーン・キング」の髪型を思わせたものに、そして次シングル「街角のラヴソング」にて、全盛期当時の頭センター別けの黒髪ヘアースタイルを払拭してチェンジされ、黒くて長い髪は重く見えるというお母さんのアドバイスからそうなされたそうで、そのヘアースタイルを一時引退まで維持したものの、スタイル面では、同時期に歌手デビューした顔立ちがほぼそっくりの石野真子や石川ひとみ、それに岡田奈々といったところの髪型になっている。

最後となりましたが、デビュー当時から姫カットと五木ひろしを真似たような人懐っこい瞳が特徴「可愛らしさを想像するとスヌーピーのぬいぐるみ」の麻丘めぐみさんも1974年に出した「ときめき」あたりからヘアースタイルを
徐々に改め、1977年に出した「ねぇ」でショートヘアーにチェンジされた。






by シノピー (2016-01-23 16:04) 

シノピー

こんばんは。ご無沙汰しております。

以前の返答に返信がなかったため、改めて記載します。

桜田淳子さん

彼女は歌唱力だけではありません。音楽性の確立化もなされました。
なされたのは1977年に出した「しあわせ芝居」あたりからで、「20才になれば」や「化粧」といった中島みゆきさん曲法には「しあわせ芝居」以上に大きく繰り広げ、大人の音楽性の楽曲を徐々に出していくようになったのもここからだと思われます。けど、同期で一緒だった百恵さんとは違い、明るい曲調のアップテンポな楽曲も多く出していますが、1983年に出したシングル「朧月夜」を最後に10年間の歌手人生にピリオドを打つこととなります。

花のトリオの中では唯一歌手人生の長い女性アイドル歌手でした。

シンシア 「南沙織さん」

1974年あたりからだと思います。この年に発売した「ひとかけらの純情」以降のそれまで聴いたことのなかったシングル楽曲に対してベスト10入りを逃した楽曲が多いなか、ここあたりから人気低迷に陥ったのと、アイドル路線から正統派とはいかないような大人の路線へ音楽性を転向していった時期ではないかと思われ、歌っている表情「憂いさと切なさを融合しつつ、八の字の眉で」やレコーディング録音した歌声が「夜霧の街」や「ひとねむり」、唯一ヒット曲の「人恋しくて」といったバラード楽曲や暗い曲調の切ない楽曲を大半に出し続ける影響から、それまでとは違う形式に見えられ、
同時期に出した「夜霧の街」以降、オリジナルアルバム「20才」あたりでその存在感を満たすことから、ピーク化は「哀しい妖精」だと思っています。

一方、その終点は1977年春に発売した「ゆれる午後」までで、その次に出した「街角のラヴソング」で1974年発売の「夏の感情」以来、久々のアップテンポ楽曲を出したものの、そう長くは続かず、1978年の一時引退まで
バラードとミディアムテンポを融合させた楽曲を出した程度であります。

髪型も人気低迷だった1974年から1976年あたりにかけ、ウェーブ調のヘアースタイルで「夜のヒットスタジオ」といった音楽メディア番組で登場していた時があったらしく、このスタイルは何とも大草原の小さな家の少女のようなものです。しかしながら、アグネスさんがカナダ留学で芸能活動をお休みされる前の1976年8月9日放送回の「夜のヒットスタジオ」では、全盛期当時の頭センター別けの黒髪ヘアースタイルに戻しており、アグネスさんのトーク途中でシンシアはあまりの辛さに絶えず、号泣してしまったというエピソードが残っていますが、大学が一緒だったことからだと思われます。

そんな全盛期からの頭センター別けの黒髪ヘアースタイルは翌年あたりで
徐々に変え、シングル「ゆれる午後」を出していた時期はトランプのいずれ「ジャック・クイーン・キング」の髪型を思わせたものを、そして次シングル「街角のラヴソング」からは、その特徴のヘアースタイルを払拭してチェンジし、黒くて長い髪は重く見えるというお母さんのアドバイスから、そうなってしまい、そのヘアースタイルを一時引退まで維持したものの、スタイル面では、同時期に歌手デビューした顔立ちがほぼそっくりの石野真子や石川ひとみ、それに岡田奈々といったところの髪型にヘアメイクで変貌された。


アグネスさん

音楽性を満ちた楽曲はこのブログ記事で取り上げていた初めての楽曲といっていい「白いくつ下は似合わない」が正解だと思われています。

以降の楽曲に対し、あまり大きく目立ったような楽曲はなかったものの、1976年のカナダ留学で音楽活動休止から翌年の帰国後の音楽活動再開以降のシングル楽曲はヒット作やベスト10入りの楽曲がございません。

ヘアースタイルも全盛期からの長髪はシングル「冬の日の帰り道」あたり
で変化をつけ、同期の麻丘めぐみさんと間違われるほどのヘアースタイル「特に前髪部分」になっていたが、1976年のカナダ留学後、日本帰国あたりでそれ以上に変化をつけられ、「ぼくの海」あたりは別人のようなものに。

コメントが長すぎて、本当に申しあけございませんでした。



by シノピー (2016-03-09 23:55) 

ぽぽんた

シノピーさん、こんばんは! お返事が遅れて申し訳ありません。

前回にコメントを頂いた頃はちょうど引越ししたばかりでインターネットもつながって
いなかったもので、チェックが遅れそのまま来てしまっていました。
改めてお詫び致します。
ただ頂いたコメントの内容が記事のテーマに即したものでなく、シノピーさんが感じておられる
イメージが書かれたものだったので、私もどうお返事して良いものか、
どうもわからなかったのも確かでした。
私もたまに特定の楽曲ではなく、随想のようなものを書かせて頂いているので、
そのような時に今回のようなコメントを書いて頂けると嬉しいです。

勝手な事をお願いし申し訳ありません。 これからもよろしくお願い致します。

by ぽぽんた (2016-03-13 23:11) 

もとまろ

ぽぽんたさん、こんにちは。

百恵ちゃんの「いい日旅立ち」にコメントさせていただきます。
記事の楽曲、アレンジ、サウンドについては、私には難しくて一読ではわからない歌もありますが、「いい日旅立ち」は読ませていただいてわかりやすい…音が頭によみがえってきます。
私の思い出の歌というわけでもないですが、百恵ちゃんの「ザ・ベストテン」DVDで特に心に残った歌です。かなり長くランキングに入って、中継でたくさんのファンに囲まれることもありながら、百恵ちゃんが毎回世界観をしっかり見せてくれて、収録曲の中でも特に丁寧に歌っていたなあと思いました。
ぽぽんたさんが触れてある歌詞「砂に枯れ木で“さよなら”と書く」ことについては、自分をリセットしたい、自分を変えたくて旅に出る、新しい自分になりたくて今までの自分に“さよなら”する…そういう決意の風景を想像しています。
この歌が「立案からして商業用だった」のが、ベストテンDVDでよくわかるシーンがあります。
百恵ちゃんが風邪で出演をお休みして、電話で黒柳さんと久米さんとお話をした…という回。歌は百恵ちゃんが前回出演したときの映像を流し、2回目の♪ああ〜日本のどこかに〜♪のところで雪景色の後ろを汽車が走り行く映像が映し出され、その白いセットには黒柳さんと久米さんが立っている…というものでした。
この回、国鉄の広報担当とオンエアの約束をしてたんだろうな…雪景色で歌う百恵ちゃんの後ろを汽車が駆け抜けます…って。百恵ちゃんの病欠で国鉄のキャンペーン映像オンエアの機会をパーにしてはいけない、てことで、国鉄の広報と百恵ちゃんサイドとベストテンスタッフが話し合って、ああいった演出にしたんだろうな…と思います。
当時は、視聴者はそこまで考えないんでしょうけどね。当時、いかにヒット曲に力があって、歌番組に力があったかがうかがえる気がします。
by もとまろ (2016-08-13 19:01) 

ぽぽんた

もとまろさん、こんばんは!

細かい解説には専門用語も多く使わせて頂いているので、わかりにくい部分が
多分にあると思われる事、お詫びします。

その歌詞についてはきっともとまろさんがお感じになられている通りと思います。
私は言葉そのままで受け取るところがあって、一度疑問に思うと解決も図らず
何年もそのまま、と言う事がよくあります。 そう言う意味でも、例えば普段から
文学などに親しんでおくと色々なシーンや心情なども想像でき、より歌の世界が
理解できるものかも知れない、とこの歳になって思ったりします。

そのようなシーンがあった事はすっかり忘れていました。 後でぜひDVDで
しっかりチェックしてみますね(^^)。
私はこの曲の回で特に思い出深いのは、誕生日を祝って多くのキャンドルをバックに
歌っているもので、百恵さんが特にきれいに見えました。

今振り返っても、当時(70年代後半~80年代前半)は今も残っているヒット曲が
目白押しに発表されていた時代ですし、音楽を発信側・受け取り側双方で盛り上げていて、
学生、そして社会人になりたてだった私はいつもワクワクしていたものです(^^)

by ぽぽんた (2016-08-14 22:13) 

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