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秋からも、そばにいて / 南野陽子 その2

では続きを…
秋からもそばにいて ジャケ写.jpg

アレンジについて

曲全体がバロック調にまとめられている事、
1回目の間奏とエンディングでのストリングスがフレーズを追いかけるようなフーガ形式
で作られている事、
シンセサイザーによる装飾音が多用されている事、
そしてどの音も打ち込みではなくミュージシャンによる演奏による事など、
非常に手の込んだアレンジであるのは一聴してわかります。

萩田光雄氏の高度な技術によって組み上げられた音であるのですが、
ここまで複雑な音にできているのは、当時、音楽制作の費用が潤沢であった事も要因であるようです。
萩田氏は当時「レコーディングは終わってもう十分だと思っているのに、もっと音を入れてくれ
なんて言われた」そうで、バブル景気が音楽をより豊かにしていたのは確かなようです。

ただ「秋からも…」はよく聴くと生楽器で目立つのはストリングスとチェンバロ、
そしてお定まりのベースやドラムスなどで、
後は先述のようにシンセサイザーが多用されているんですね。

サビに入る前のBメロ ♪瞳をふせて あなたの胸に…♪ の部分で聞こえる混声コーラスは、
そのための録音ではなくサンプリング音源と思われます。
1988年頃にはデジタル技術を応用した楽器がすでに大いに台頭していて、
例えば ♪ジャン!♪と言った音「オーケストラヒット」も、
本来ならば大編成のオーケストラが必要であるが実際はキーボードで出していたりと、
デジタル技術に浴して手数を減らす事が普通になってきた時代でもあったんですね。

イントロのパイプオルガンの音については、当時の技術でもシンセサイザーで
似たような音は出せたはずですが、
私は本物の生音と信じたいと思います。

前回にも書いた事にコード進行の複雑さがありますが、
楽譜を見ながら音を聴いて確かめてみて下さい(1コーラス分だけですが):
秋からもそばにいてscore.jpg
サウンドについて

音数が多いのに楽器間の分離の良い、デジタル録音の特徴がよく現れたサウンドです。

前回に「この曲の時代はレコーディング環境が完全にデジタルに移行した頃で…」と書きしたが、
それは録音機やエフェクト関係についてであり、
音声信号をまとめる調整卓(ミキサー)ではアナログ信号が扱われていました
(ミキサーやイコライザーが完全にデジタル化されたのはもう10年ほど後です)。

録音機については、1982年頃から24トラックのデジタルレコーダー(ソニーPCM-3324)が導入され、
1990年台に入ると48トラックのレコーダー(同PCM-3348)がスタジオに普及しました。
「秋からも…」の頃はまだ48トラックではなく、過渡的に使われていた32トラック(三菱製)
ではないかと思われます(確証はないので、当時の事情をご存知の方がおられましたらご教示下さい)。

「秋からも…」を聴いていて個人的に非常に残念なのが、
それぞれの楽器音に豊かさが感じられない事なんです。

それを特に感じるのがストリングスのサウンドで、
きれいな音なのだけど重厚さがない、線の細い印象を受けるんです。
そしてそれは、デジタルレコーディングである事と無縁でないと思うんですね。

録音の仕方、扱い方がアナログとデジタルとでは本質的に違います。
ここでは詳しくは書きませんが、端的に言うとアナログでは器の大きさが曖昧で
入れられる音の大きさの上限も曖昧であるためにある程度無理が利く、
そのために聴感上望ましい音(特に音圧的に、でしょうか)を得やすいのに対し、
デジタルでは最初から確固たる上限があり、音の大きさがそれを瞬間であっても超えてはならない
(即座にノイズになるからです)との原則があるんです。

アナログでは、その上限については「歪(ひずみ)」なるものが付きまとい、
それは厄介なものであると同時に上手に付き合うとより音楽的な音になる場合があります。
当時の録音エンジニアはそのあたりを生かす技術に長けていたのですが、
録音機がデジタル化されると、長年かけて培ったそのような技術が全く通用しなくなり、
上限を意識した無難な録音を強いられるようになったわけで、
それが先に書いた「豊かさが感じられない」事に強く関係していると思われるんです。

「秋からも…」は音楽として素晴らしいので、これがかつてのようなアナログ録音であれば
ただ切ないだけでない、色彩感のより豊かなサウンドになったのではないか…
などと思ってしまいました。

長々と書いてしまいましたが…お付き合い下さりありがとうございますm(_ _)m


付記

前回にちょっと触れた「クリス松村の注文の多いレコード店」(歌謡ポップスチャンネル)
に南野陽子さんが出演した回を観ていて、
南野陽子さんがいかに音楽作りを大切にしていたか、真剣に取り組んでいたかがよくわかりました。
今回、「秋からも…」について書きたくなったのもその番組を観たからなんです。
流れてきた自分の楽曲に「この(高音がシャカシャカした)音が『ソニー』の音なんです!」と
嬉しそうに発言した時には、この人は自分のレコードの仕上がりまでしっかり把握しているんだ、
思わず感激しました(クリス氏はあまり反応していませんでしたが)。

正直なところ、私は1980年台後半は洋楽ばかり聴いていて、歌謡曲はあまり聴いていませんでした。
しかし近年、デジタルラジオでその時代の楽曲を耳にして「こんないい曲があったのか」
と驚く事がよくあり、それは楽しい発見なんです。

2000年台となり、特にここ数年は全くと言って良いほど新しい邦楽は聴いていないのですが、
何年が経って聴き返した時に同じように感激できるかな…(難しいかも)。


「秋からも、そばにいて」
作詞 : 小倉めぐみ
作曲 : 伊藤玉城
編曲 : 萩田光雄
レコード会社 : CBSソニー
レコード番号 : 07SH3114
初発売 : 1988年10月8日

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コメント 6

JP

そうっすよねえ。80年代録音問題。70年代から80年代の歌謡曲などを聴いていると必ず思うのが、70年代のサウンドのほうがはるかに豊かな響きと質感があること。83、4年あたりからサウンドがどんどんチープになっていくこと。これはデジタルシンセが大幅に導入されたことが大きいはず。とくにストリングスやブラスの質感がどんどんチープになっていったのは間違いないです。南野さんが言及した"ソニーの音"その質感は南沙織の曲なんかとくに顕著だと思います。ソニーの南沙織や太田裕美の曲を聴けば、背景のストリングスの豊かな質感や響き、ブラスのちょっとザラついた手触りのキメの細かさなどが味わえると個人的には感じています。(ただデジタルリマスター後の音はどうなっているのか心配ではあります)かつての艶やかなサウンドと奥行きはもう望めないのでしょうか?
by JP (2016-10-29 03:35) 

ぽぽんた

JPさん、こんばんは! コメントをありがとうございます。

同意して下さる方がおられて心強いです(^^) 記事に、私が80年代後半には洋楽ばかり
聴くようになっていた…と書きましたが、それは当時、邦楽のサウンドがあまりに安っぽく
なってしまった(と感じた)事が大きな原因でした。 何を聴いても音が薄く、
パシャパシャと鳴ってるだけ…などと思っていました。
それが録音機材による事が大きい事は知っていましたが、70年代の豊かなサウンドに
慣れていた耳にはどうにも受け入れ難いものでした。
例に挙げておられるストリングスやブラスも、かつては曲ごとに違う表情だったものが
その頃にはどの曲を聴いても似たような音で、しかも線が細くてつまらなくて…と、
私からすると、お金を出して買いたい音が一気になくなってしまった、そんな感じでした。
特にアナログを礼賛しているという事ではないのですが、最終的に作品として出てくる
ものは明らかにアナログ録音時代のものの方が優れている事が多いのは事実だと思います。
かつてのアナログ音源のマスタリングについても色々と感じる事があります。
私が言いたいのはただ一つ、オリジナルのソースに忠実な音を聴かせてほしい…
という事なのですが、現実にはかなりいじられているようで、制作側としては
少しでも売るための策なのでしょうが、レコード時代からオーディオに親しんでいる者
の一人としてはそれをどう受け入れればいいか、今も割り切れない思いです。

by ぽぽんた (2016-10-30 00:00) 

White Autumn

ぽぽんたさんごぶさたしております。
この曲に関する記事を拝見して、ぽぽんたさんはじめ、70年代の音づくりを支持する人が少なくないことにわが意を得た思いで、嬉しくなりました。

というのも、2000年ごろに松本隆さんが

「昔の歌謡曲が嫌いなのは、アレンジが良くないことが一番大きい。この30年で最も進歩した点だね。」

というお話をなされていて、ずいぶん淋しく感じたためです。
松本さんは「風街図鑑」のライナーにもその趣旨のお話を記しています。

松本さんの真意は、楽器の選択、配置、演奏方法・技術などでようやく本場の洋楽に比べても遜色のないセンスを持つミュージシャンが一線に来るようになったということと思われます。その一方で、最高級の音響機器をお持ちで何よりも”本物の音”にこだわっておいでの松本さんが手づくりの良さをあっさり否定なさることは、正直申し上げて少なからずショックでもありました。

2回の記事を拝読して、1980年代半ばには様々な意味でジャンルが丸ごと”飽和状態”を呈していたように思えました。そこにデジタル化の波が覆いかぶさったと見なせるでしょうか。

1983年ごろまで一線にいた作家や制作者は、聴く人を喜ばせるパターンを全て出し尽くした感があったのでしょうか、80年代半ば以降は何を思い立っても、それは既に誰かがやっている…みたいな行き詰まりがあったように思えます。筒美さんの「リスナーの欲望が果てしなくなってきて…」の発言はその状況を指摘しているのでしょう。河合さんファンの間では筒美さんの「ジェラス・トレイン」などかなり人気がありますが、私には筒美さんも河合さんも相当無理しているように聞こえます。河合さんにはひと昔前の、素朴な筒美サウンドのほうが似合っていると思うのですが。

新進作家の起用は、斯界のベテランやあるいはニューミュージックの第一人者には出せない味わいを狙ったものと思われます。従来ならばそのまま職業作家になるところが、いわゆる「J-POP」の時代を迎えて、素人っぽさや無機的なサウンドがもてはやされるようになったため、道を閉ざされてしまったのでしょう。

南野陽子さんのこの曲は、今回の記事で初めて知り、ネットで出ている分ですが試聴しました。私自身、歌謡曲は松田聖子さんと河合奈保子さんで最後にしたいと考えていましたし、1985年ごろは私生活でも苦しい時期にあたって、それどころではなくなっていたからです。

南野さんについて、人気絶頂の頃はほとんど関心ありませんでした。品のいやしくなってきたバラエティ番組で、お笑い芸人さんたちにいじられて喜んでいるような印象しか持ち合わせていませんでした。

だいぶ後になってたまたまテレビに出ていて、最近はほとんど歌う場がなくなってしまって辛い、とにかく歌いたい!と訴えている姿を見て、ようやく見方が変わってきました。最近になって歌う場に恵まれてきたのも、その意志を持ち続けてきたがゆえでしょう。歌唱力の素質にあまり恵まれていないことはご本人も自覚しているようですが、だからこそ人一倍努力したいのでしょうね。

改めて振り返れば1985年デビュー組は、本田美奈子さん、斉藤由貴さんなど、こけおどしのような売り込み方をされながらも、音楽に対して真摯な思いを持ち続けて、じっと時を待つタイプが多かったように思えます。
歌謡曲歌手の「最後の豊作年」だったかもしれません。
by White Autumn (2016-11-20 13:54) 

ぽぽんた

White Autumnさん、こんばんは! お久しぶりです(^^)

色々と考えさせられました。
まず松本さんの事ですが、私はその発言についてはこれまで知らず、昨年よく放映されていた
松本隆特集と言った番組でも語られていなかった(私が知らないだけかも知れませんが)ので、
私も松本さんに対する見方がちょっと変わりそうです。
「アレンジが良くない」との発言の真意がよくわからないのですが、私は音楽を初めとして
芸術一般すべて、良い・悪いよりも好き・嫌いが支配するものであると思っています。
その記事を読んだわけではないのでハッキリは言えないのですが、松本さんのような
影響力の強い人が「悪い」と言ってしまうと多くの人に「そうか、昔の曲はアレンジが悪いんだ」
と思い込ませてしまう可能性もありますし、私には不用意な発言としか思えません。
私も松本さんについてはもう少し調べてみようと思いますが、ちょっと残念ではありますね。

ニューミュージックと呼ばれた音楽は、自分が好きなように作った音楽がたまたま
大衆の需要に合っていたためにヒットした…と言ったパターンが大半だと思うんですね。
だから1曲、または2,3曲のヒットで終わってしまう人が多かったと思うんです。
しかしいわゆる職業作曲家、職業作詞家は大衆が望むものをいち早くキャッチ、あるいは
先回りして、その上で基礎のしっかりしたレベルの高い作品を世に出すのが仕事で、
だから一度ヒット作を出すとずっと後まで、何曲もヒットを生み続けたのだろう、と思うんです。
松本さんが在籍していたグループ「はっぴいえんど」も、極論すればビートルズなどに影響された
人間が集まって好きなように音楽を創っていたグループであるように私は思っているので、
「昔の歌謡曲」に対してはなぜ売れたのか、大衆に支持されたのかと言った事に、
松本さんは知ってはいてもあまり興味が無かった…ようにも思えます。
だから「アレンジが悪かった」などと断じてしまうのでしょう。
私には、勿論楽曲の良し悪し・好き嫌いはあっても「昔の歌謡曲」はアイディアの宝庫の
音楽であると思えます。

そんな歌謡曲も1985年あたりを境に一気にレベルダウンしたのは確かで、それは音楽のレベル
と言うよりも、ウォークマンなどの登場で音楽を聴く形態が変化し始め、
かつてのようにあらゆる世代にアピールする楽曲が作りにくくなった、つまりターゲットをしぼる
事を要求され始めたのが大きな要因では、と思うんです。
その象徴のような存在がおニャン子クラブとその一連の楽曲ではないかな。

何か取り留めがなくなりそうなのでこの辺にしますが、我々の世代が満足するような音楽が
再び出現するには、生活の形態、ひいては社会そのものが変化する事を待つほかない
…と、ちょっと悲観的に考えたりします。

しかし過去の遺産は一生かかっても聴き切れないほどありますし、それらを体感してきた
我々は結局、幸せなのでしょう(^^)

by ぽぽんた (2016-11-22 23:43) 

JP

松本さんは偉大な作詞家だけれどももともと歌謡曲のカウンターとして、つまり反歌謡曲というアティテュードでデビューしたからそれが松本さんの目を曇らせているのでしょう(そんな人がその後歌謡曲を量産するわけだが)松任谷正隆も近刊でアンチ歌謡曲というようなことを言っていたし。ただまあ洋ロックの洗礼を強烈に受けた世代であり戦後第一世代(いわゆる団塊)だからそのようなアティテュードに拠るのは致し方ないかもしれない。むしろ時代感覚(あるいは世代感覚)を相対化した別の世代から眺めたほうが過去のアーカイブから新たな再評価再発見はうまれやすいかも知れないですね。「天使の誘惑」「恋のフーガ」「恋の季節」「君恋し」などなど60年代にも名アレンジ名演はもちろん有りますからね。
by JP (2016-12-05 12:41) 

ぽぽんた

JPさん、こんばんは!

そうですね、1970年前後を通過した人ならば憶えている事と思いますが、
その頃は日本では、若い人の間では歌謡曲ってかなり下に見られていた
(うまく表現できませんが)んですね。 洋楽こそカッコいい、みたいな感じかな。
言葉は悪いですが「かぶれた」人が多かったので、その頃に「歌謡曲なんてカッコ悪い」
と感じていたものが今も残っているのかな、とも思えます。 ある意味コンプレックス、ですね。
今の若い人達にはそのようなコンプレックスなど無いので、より素直に
昔の歌謡曲なりポップスなりに親しめるのだろう、と思います。
そういう意味では、かつての歌謡曲が新たな感覚で受け入れられる可能性も高い
と言えるかも…期待しています。

by ぽぽんた (2016-12-08 00:09) 

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