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たんぽぽ / 太田裕美

私のハンドルの反対読みですね。 …え?

たんぽぽ.jpg

チャートアクション

「たんぽぽ」は太田裕美さんの2枚目のシングルとして1975年4月に発売され、
オリコンシングルチャート最高33位、同登場週数14週で6.3万枚の売り上げでした。

太田裕美さんの自著「太田裕美白書」によると、数曲の候補から自ら選んだものだったそうです。
デビュー曲「雨だれ」がオリコン最高14位で18.1万枚の売り上げでしたが、
「たんぽぽ」「夕焼け」と同じような成績が続き、制作スタッフは焦ったようです。
しかし太田裕美さんのピアノ弾き語りのイメージを固める上で「たんぽぽ」は重要な作品だったと言えそうです。


作家について

作詞:松本隆氏、作曲:筒美京平氏、編曲:萩田光雄氏と、
太田裕美さんの初期の楽曲の殆どを作り出したコンビネーションによる作品です。


楽曲について

一聴してデビュー曲「雨だれ」の二番煎じと言われても仕方ない仕上がりであり、
「雨だれ」も大ヒットではなかった故に売り上げが伸びなかったものと思われるのですが、
当然ながら「雨だれ」との相違点もいくつか見受けられます。

曲の構成としては2コーラス+最後のフレーズの繰り返しとなっており、
各コーラスは分けるとAメロ・Bメロとなっています。
「雨だれ」では全篇に渡り3連符で作られていましたが、
Aメロはリズムは8ビートながら16分音符でたたみ掛け、
Bメロは「雨だれ」のような3連符攻勢で迫って来る、
いわば2部構成となっています。

3連メロディーは間奏まで続いていて、
間奏が終わる時から8ビートで16分音符主導のメロディーに戻ります。
それまで3連でグングン押していたのがふと緩む感覚が何とも不思議に感じられますね。
尚、間奏はイントロのメロディーを3連に変換したバリエーションとなっています。


このように各コーラス後半に3連メロディーが採り入れられている楽曲は、
他に1973年秋に発売され大ヒットとなった「あなた」(小坂明子)が有名ですが、
「たんぽぽ」の場合は、終始3連メロの「雨だれ」がスマッシュヒットしたために、
新曲にも「雨だれ」のイメージを採り入れようとしたための構成と考えられます。
そこに「あなた」の影響があったかどうかは定かではありませんが…。


「雨だれ」ではオケの主役はピアノで、イントロ・間奏・コーダ、
さらには歌に絡む重要なオブリガートのすべてを受け持っていましたが、
「たんぽぽ」では主役はストリングスに移り、ピアノはAメロで顔を出すオブリガート以外は
バックでオケを支える役目に回っています。


キーはDmで、他調に渡る転調はありません。
歌メロの音域は、「雨だれ」が下のAから上のDまでの1オクターブと4度でしたが、
「たんぽぽ」では下のAから上のEまでの1オクターブと5度と少しですが広がり、
その広がった分、声に切なさがより一層感じられる歌唱を聴く事ができます。


アレンジとサウンドについて

先日放映されたBSプレミアム「名盤ドキュメント」の中で、作・編曲家の萩田光雄氏が
筒美京平氏から依頼された太田裕美さんの楽曲のアレンジにあたり
「歌謡曲でもクラシックの手法でアレンジしてもいいんだ、と開眼した」
との主旨の発言をしていましたが、
「たんぽぽ」ではそれが具現化しているような作りに感じられます。

それを示す要素の一つは羽田健太郎氏によるピアノの、細かい動きなのに
所々、特にイントロでソロ演奏のような溜めと余裕が感じられるフレーズ。

もう一つはベース音の動きを重視し分数コードだらけと言って良いコード進行です。
イントロでピアノソロに続きストリングスのメロディーとなりますが、
素直に書くと Dm・A7・Dm・D7・Gm・E7・A7・Dm であるものが、
実際には Dm・A7/E・A7-9/E・Dm/F・D7/F#・Gm・E7/G#・A7sus4・A7・Dm
で演奏されています。

そこのベース音だけに注目すると D→E→F→F#→G→G#→A と、全音・半音で
1ステップずつ上昇するクリシェとなっていて、クラシック音楽の時代から
常套的に使われていた手法の一つです。

それは歌メロに入ってからも続いていて、Aメロでのコード進行は
Dm・A7/C#・Dm D7/F#・Gm・C7・F・B♭・A7sus4・A7 となっていて、
前半では動きの幅を抑えたベース音が用いられています。
その後、ベース音が G→C→F→B♭ の動き出すと、それまで動きが少なかった分、
まるで(この曲でのサビである)Bメロに向かって助走を始めているような効果を
感じさせる事となるわけです。
ベースの動きに大きな表現力を持たせる事はロックやポップスでも行われていますが、
そのヒントはやはりクラシック音楽であったものと思います。

メロ譜を作成してみましたので、参考までに(サムネイル上をクリックして下さい):
たんぽぽscore.jpg

使われている楽器はストリングス(チェロ、ビオラ、第1・第2バイオリン)、
ホーンセクション(トロンボーン、トランペット)、そしてピアノ。
リズムセクションとしてドラムス、エレキベース、エレキギターと言った構成で、
シンセサイザーなどの特殊な音を感じさせるものが全く入っておらず、
エレキギターもコードのカッティングをしているだけ、
エレキベースもベース音をキープしているだけ(Bメロでは動きがありますが)で、
全体にストリングスとホーン主体の所謂オーケストラサウンドとなっています。
堅実なサウンドですが、ポップスとしては面白みに欠けるのも確かで、
その事もヒットに至らなかった理由でしょう。

「たんぽぽ」の発売と同じ日に「想い出通り」(南沙織)が発売されましたが、
そちらも同じ作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄 のコンビの作でありながら、
シンセサイザーやサックス等でオケ自体が明るくカラフルに作られているのに対し、
「たんぽぽ」は重く、モノクローム的なサウンド作りに感じられます。

しかしそれは何よりも太田裕美さんの声と歌唱の良さを前面に出して大衆に知らしめる
目的とも考えられ、次の「夕焼け」ともにヒットには至らなかったもののその目的は
十分果たされ、大衆に太田裕美さんの存在が認知されたからこそ、
「木綿のハンカチーフ」のヒットにもつながったのでしょう。


付記

先日(4月26日)、BSプレミアム「名盤ドキュメント」で太田裕美さんの3枚目のアルバム、
「心が風邪をひいた日」が特集されました。

今回はサウンドの話と歌詞の話の比重が同等くらいで、やはり「木綿のハンカチーフ」
について多くの時間が割かれたため、例えば「かなしみ葉書」や「銀河急行に乗って」
などについては全く触れられず、私としては正直なところ大いに食い足りなかったのですが、
それでもマルチトラックからでしか聴けない音声もいくつか聴けて、それは興味深いものでした。

中でも「七つの願いごと」では、作曲と編曲を担当した萩田光雄氏がクローズアップされ、
そのマルチ音源を使った解説もあったのは収穫でした。
この曲、LPではA面の最後の収録されているのですが、ピアノとボーカルだけでつつましく始まり、
進行するうちに徐々に楽器が増えて最後に大盛り上がりとなる「ボレロ」のような曲で、
レコードだと音質的に最も不利な部分にカッティングされていたんですね(レコードは、
内周に行くほど線速度が遅くなるために音質が悪く、また歪みやすくなるんです)。
私はそれでもその曲が好きだったので、「心が…」がCDになった時にはそれは喜んだものです。

番組を通して私が嬉しかったのは、萩田光雄氏が元気そうだった事です(^^)
昔のように生の楽器で音楽を作りたいと言う気持ちがとても伝わってきました。


「たんぽぽ」
作詞 : 松本隆
作曲 : 筒美京平
編曲 : 萩田光雄
レコード会社 : CBSソニー
レコード番号 : SOLB230
初発売 : 1975年4月21日

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White Autumn

ぽぽんたさんいつもありがとうございます。
「たんぽぽ」を逆から読むと…確かに!

この曲は「大好き」の次くらいに位置づけられますね。
春が深まって、時に暑ささえも感じられるような季節、まぶしい光を受けて咲く花の鮮やかさを眺めながら海沿いの電車に乗っていたときのことを思い出します。初めて耳にしたのは「太田裕美の軌跡」ボックスですから、リアルタイムでは知りませんでした。最初からCDです。

この曲が出た時の月刊平凡歌本を見たら、メロ譜が掲載されていました。
隣のページには”今月の新人”として「二重唱」のメロ譜と初々しい岩崎さんの写真、その次には「乙女のワルツ」で、豊作の春だったことがうかがえます。

太田さんが自らシングルに選んだそうですが、候補になっていた曲はおそらくほぼ全てアルバム「短編集」に収録する目的で作られたように見受けられます。松本さんのエッセイ集「微熱少年」にも掲載されています。

アルバムでの「たんぽぽ」は、順調に行っていた恋にかげりが見え始める位置、LPならばそれこそ内周の一番奥で、それがこの曲の性格を物語っているようにも思えます。幸せな状況を描く「太陽がいっぱい」(太田さんがアラン・ドロンのファンと聞いて、松本さんがわざわざ書いたのでしょう)や、フォーク調の「やさしい翼」を選ばなかったあたりに、当時の太田さんのフィーリングが感じ取れます。アルバム「短編集」の組曲のひとつとみなすほうが、よりよい評価かもしれません。

クラシックの手法は「雨だれ」でわかりやすく取り入れられていました。
タイトルからしてショパンの有名な曲に当てています。
B面の「白い季節」は、どこかのピアノ小品集の曲といわれても違和感ありません。「たんぽぽ」はその発展形として、隠し味のようにクラシックのテイストを入れてみようといった狙いがあったものと推定されるでしょうか。

ただし、この時代のクラシックのイメージは”学校音楽”。
退屈な思いや、嫌な目にあった生徒も少なくなかったでしょう。
その点も売り上げの足を引っ張ったかもしれません。

松本・筒美コンビは、この時期アルフィーなどにも書いていましたがやはり売り上げがふるわず、高見沢さんは今でも「我々の力不足で、ごめんなさい、というしかありません。」と言っています。筒美さんも、北山修さん指名で「さらば恋人」をヒットさせた時よりも動きが遅く、やや自信をなくしかけていた節がうかがえます。白川さんも焦り、名盤ドキュメントでも紹介された「夕焼け」書き直しで松本さんと大論争を繰り広げたあげく、松本さんは”結果が出ていないのだから、もう自分の好きなようにやらせてほしい”と啖呵を切って、背水の陣で大ヒットにつなげられたという流れですね。岡田奈々さんのディレクターにも同じようなことを言っていた模様です。

その「名盤ドキュメント」ですが。

「銀河急行に乗って」と、声を処理した"Milky Way Express"にびっくりした私ですから、完全スルーにはやや納得いかないものを感じました。
古典的歌謡曲系の「かなしみ葉書」も忘れられていましたね。

「ひぐらし」に関しては、松本・ユーミンコンビの最初の作品として言及されましたが、マクドナルドもさることながら、三億円事件時効ネタは今の人にはわからないだろうという読みがあったように見受けられました。
実際の東名ハイウェイバスは禁煙ですから、煙草を吸う情景の描写があることもテレビとしては扱いづらいでしょう。

「七つの願いごと」は、そう面白みを感じていなかったため久しぶりに思いだしました。これは「数え歌」の伝統を織り込んでいると思われます。
松本さんの世代あたりまではまだ数え歌が身近だったのでしょうね。

一方、同じ頃阿久悠さんは
「あれは二月前の日暮れ時だった」→「あれは一月前の雨の午後だった」→「あれは半日前の今朝のことだった」
と”逆数え歌”的な歌詞を書いていますから、その時点ではさすがの松本さんも、阿久さんの背中はまだかなり遠かったように思えます。

それでも白川さん、萩田さんのお元気な姿を見られたことは何よりでした。

かなり長いお話になってしまいました。
失礼いたします。
by White Autumn (2017-05-01 10:44) 

とわのえ

たんぽぽは、実は数多くの太田裕美さんの曲の中で私のいちばん好きな曲でしたので、今回、ぽぽんたさんの解説が読めたことはこのうえない喜びでした。
by とわのえ (2017-05-01 21:54) 

Massan

ぽぽんたさん、こんばんわ。
いやはや、ぽぽんたさんのハンドルネームについて、今までまるで気がつきませんでした。。。
この曲が発売された当時はあまり関心も無く、正直重苦しいメロディがどうにも苦手だった記憶があります。ただ、年齢を重ねてから聴いてみると、中学生のときは重苦しいと感じていたメロディが逆に歌謡曲らしからぬ「重厚」なものに感じられ、太田裕美さんの細い声と相まった独特な雰囲気に好感を持つようになりました。この独特な雰囲気がまさに「オーケストラサウンド」がかもし出しているものなのでしょうが、これが中学生の私には面白味に欠けると感じたようです。また、ぽぽんたさんが「三連符攻勢で迫ってくる」と表現されていたBメロも、当時は妙にしつこく感じたものでした。今回ぽぽんたさんの記事を読んで、当時の私が漠然と感じていた違和感と、今の私が聴いていて何となく落ち着いた気になるのは、いずれもこのクラシック的手法によるアレンジ(?)によるものだったんですね。新しい発見ができました。どうもありがとうございました。
それでは。次回を楽しみにしています。
by Massan (2017-05-03 00:18) 

きゅーぴー

ぽぽんたさん

全く偶然にBSの当該番組をみた後で、緊急告知の記事をみました。
音楽のどどどどど素人の私でも、トラックごとの音源を使った解説は楽しかったです。ヴォーカルトラックが聞いた範囲ですが必ず2つあるのだというのも、どどどどど素人の私には以外でした。重ねるのは浅田美代子、岡田奈々クラスかなと思っていましたので(><)"
今回の「たんぽぽ」ですが、改めてYouTubeで確認して、そうそうこれこれと思い出しました。
例によって勝手に昔話をしますと、愛川欽也のTV番組に太田裕美がいつもいて、彼女をかわいがっていたことが思い出されます。デビュー曲の「雨だれ」は(きっと)その番組で繰り返し聞いたという記憶が強いです。
ちょっとクラシック風味のこの曲は好きでしたので、木綿・・でアイドル化?した時には、ちょっと驚きました。
10年くらい前に、八幡平で開催されたフォーク大集合的な野外コンサートに行ったときに、ご本人の生歌を聞けました。3~4曲ぐらい歌唱されて、十分楽しく過ごせました。
そのコンサートで異色の存在感を放っていた高田渡や、トリをつとめた、かまやつひろしなどの記憶と混在しています。

いつもながら楽曲に直接関係ないコメントばかりですが、お許しください。

by きゅーぴー (2017-05-03 11:13) 

もっふん

「たんぽぽ」・・・うん、知ってる。でも自分の頭の中でモヤッとしている。曲を聴き直してみたらますますモヤモヤして来た。これは一体何なんだろう。

「ですます」で書くとクソ長くなってしまうので断定口調で整理してみたいと思う。

★チャートアクション★

当時の歌謡シーンはアイドル歌謡を中心としたポップス、フォーク系、演歌系がヒットチャートを分け合っており、太田裕美はピアノ弾き語りによる「他作自演」でフォークと歌謡曲の中間をのポジションに位置していた。(数年後であればニューミュージック系、と言う事にされていたかも知れない)

ポスターやブロマイドが売れると言う意味では本人の思惑と関係なくアイドル性も高く評価されていたが、山口百恵や桜田淳子は路線変更模索直前の第一次絶頂期にあり何を出しても売れる状態であり、アグネスチャンや小柳ルミ子にもまだ勢いがあった。加えて「スター誕生」によるアイドル量産体制が確立して、White Autumnさんご指摘の岩崎宏美や伊藤咲子(前年デビュー)以外にも、片平なぎさ、黒木真由美など、ファンはその視線を一か所に定める事すら難しかった。そして、同年2月にセンターを伊藤蘭に変更したキャンディーズが「年下の男の子」で大ブレイクした直後でもあった。

また、ファン層は異なるものの、男性新御三家も活動のピークにあり、1月に大ヒットした野口五郎の「私鉄沿線」は、その影響で翌年に西島三重子「池上線」が生まれたと言っても良いほどフォークソング的なテイストの歌詞であった。

演歌の分野でも数年の雌伏を経てメガヒットした「昭和枯れすすき」(さくらと一郎)や「あなたにあげる」(西川峰子)ほか、細川たかし「心のこり」(4月)や五木ひろし「千曲川」(5月)などベテラン若手を問わず活躍しており、年初の「走れハイセイコー」のようなキワモノまで含めると、まさに競争のるつぼの中でリリースされた一枚と言えよう。

その中で、「私鉄沿線」で若干揺らいでいた「フォーク調歌謡」としての優位性を決定的にに崩し去ったのは、「たんぽぽ」と同月に発売された布施明の「シクラメンのかほり」であろう。やはり同月リリースであった「本物の自作自演」作品、ダウンタウン・ブギウギ・バンド「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」と競わせるに至っては、「雨だれ」で印象付けた「独特の声質で甘いバラードを弾き語れる清楚な歌手」だけでは得物不足であったであろう事は想像に難くない。むしろD.T.B.B.に刺激されてその後甲斐バンドがチャートインして来るような状況ですらあった。

さらに言えば、「22才の別れ」「我がよき友よ」「サボテンの花」「ルージュの伝言」が2月リリース。フォーク指向のリスナー達は前年末に出た井上陽水のアルバム「二色の独楽」や4月に解散したかぐや姫の2枚組ベスト(3月発売)など、あれもこれもに没頭させられていた時期でもあった。

後述するつもりであるが、「たんぽぽ」は先に書いた「独特の声質で甘いバラードを弾き語れる清楚な歌手」にも徹し切れておらず、同年にリリースされた「夕焼け」もまた、「太田裕美をどちらに持って行くのか」が見定まらない中でセールスに結びけることが出来なかったのだと考えられる。
_
by もっふん (2017-05-03 18:33) 

もっふん

やっぱり印象がキツイので「ですます」に戻しますね(^o^;

★歌詞について★

一介の素人が巨匠・松本隆・大権現先生に物申すなど許されない事かも知れませんが、松本さんが「本気で」歌謡曲の詞を書くようになったのは、作曲家への挑戦状として叩き付けた「木綿のハンカチーフ」に、これまた達人・筒美京平・大明神先生が見事なメロディを付けてみせてからだと伝え聞きますので、この時期はまだ「本気じゃなかった」と言う解釈でお許し下さい。

痩せても枯れても慶応商学部、はっぴいえんどでの実績もある。「愛してる、好きよ、別れがつらい」ばかりの歌謡曲が「軽く」見えていたとしても不思議はありません。

初めて詞を提供した「ポケットいっぱいの秘密」でBメロの頭文字に「あぐねす」と織り込んでいる辺りは音楽的には全く無意味で、いかに自分に余裕があるかを誇示して自己満足しているだけとすら感じられます。

アイドルですから、これが熱狂的なファン相手のライブを計算して、

 ♪ あなた~(アーッ!)
 ♪ ぐっすり~(グーッ!)
 ♪ 寝顔~(ネーッ!)
 ♪ 好きよ~(スーッ!、オーッ、ア、グ、ネ、ス、アグネス、オーッ!)

とか野太い掛け声を張り上げることが出来るような作りなら立派だと思いますが、残念ながらメロディや歌詞の長さはそうなっていません。

まあ、「いっぱいの秘密」がテーマなので歌詞にも「秘密」を作りたかったのかも知れませんが(アグネス本人は喜んでいるようですし)、それは作詞ではなくて「作詩」の領域の話で、暗喩やダブルミーニングを好まれた松本さん流の「挨拶代わり」だったのでしょう。

で、本曲「たんぽぽ」ですが。

皆さん、お聴きになって主人公の立ち位置、相手の男性との関係とか、目に浮かびますか?これはもう既に振られそうな状況なのか、たまたま電話が繋がらなかった事で一方的に被害妄想に陥っているだけなのか。

歌詞中で唯一これまでの二人の関係を想像させる一節は「公園で後ろから目隠し」ですが、シブがき隊じゃないですけど「乙女チックなマンガでもまずみあたらない」くらいベタ、もうそれこそ、トースト咥えて「遅刻だ!」って走ってる登校中に美少女転校生と出合い頭にぶつかって、パンツが見えたと言って殴られて、教室で「さっきの痴漢男!」「さっきの暴力女!」、って言うくらいベタベタで、もし現実にあるとしたら「既にステディな付き合いをしていて『バカね』と笑って返せるほどの深い仲」か、「サークルのような友達感覚の男女がたくさんいる中で仕掛けた悪戯」の両極端でしょう。

その男性の行為の趣味の良し悪しは置いておくにしても、要するに全く分からないのです。

ですが、真面目に付き合ってるつもりなのに、たまたま電話が話し中だったばかりに通話相手を勘繰られた挙句に「雲のように寂しさを広げられる」のも、もう別れるつもりで冷たく接するようにしているのに「そばに置いて下さい」とすがられるのも、これは大変困った相手であって、要するに可愛くないわけです。可哀想だと同情することも難しい。

「雨だれ」で見せた我がままは「甘えん坊で仕方ないなあ」と苦笑出来る範囲でしたが、本曲の主人公は今で言えばヤンデレ、いや、ストーカー寸前と言っても過言ではありません。

一つには「雲のように広がる」のは直感的には「不安」であって、「寂しさ」の形容としてストンと落ちないと言う誤算もあったと思います。直前に「話し中の相手は誰?誰ですか?」と突っ込んでしまった事で、そこに「寂しい」以上の気持ち(嫉妬・不安・情念)がある事を想起させてしまっています。

この前年の10月にグレープが出した「追伸」の中で、さだまさしは「その包帯を巻いてくれたのは誰ですか」と歌っていますが、その時既に主人公は別れを避けられないものとして受け止めていて、散々未練は口にするものの、最終的に「私、髪を切りました」と決着させている事と対比すると、本作の主人公の執着、いや、執着はあっても良いんですがその表現がやや病的であると感じざるを得ません。

「夕焼け」制作時に松本氏が「もう好きにやらせて欲しい」と言われたそうなので、プロデュース段階での問題であるとも思いますが、残念ながら本作では「構って(守って)あげたい可愛い女の子」がそこにいません。

太田裕美さん本人が候補曲の中からこれを選ばれたと聞くと、世間で言われているような「実際は言いたい事をズバズバ言う男性的な性格」の一端が垣間見えるようにも思います。

それにしても、雨が降れば呼び出されーの、公園に行ける時間帯に電話が繋がらないと文句を言われーの、では、相手の男性は「自宅警備員」でもなければ務まりませんね(苦笑
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by もっふん (2017-05-03 21:17) 

もっふん

★歌詞について-超脱線-★

松本隆氏の詞には元ネタが存在するケースが良く指摘されます。

「最後の一葉」では、このブログでも紹介されている通り、タイトルからストーリーまでオー・ヘンリーの短編を下敷きにしています。オー・ヘンリーを知らない世代にはちょっとしたショートショートを読んだような感動があるでしょうし、原作を知っていればオチは分かった上で途中の設定や描写に「リンゴの枝」「三冊の日記」「秋のクレヨン」などの言葉が散りばめられた松本ワールドを楽しむ事が出来ます。

が、鮮明に原作を記憶しているほど読み込んだ人であれば、レンガ壁に葉の絵を書いたのは老画家であり、雪の中で作業したために肺炎で亡くなってしまった、と言う「もう一つの」どんでん返しがこの後に待っていた事を思い起こして、「有難う青春♪」と歌われると少し複雑な気分になるかも知れませんね。

また、このブログでもファンの多い「ひぐらし」は、サイモン&ガーファンクルの「America」をほぼまるごと日本語にして小道具や地名だけを変えたものであると知らなければ、冒頭の「ねえ、私たち 恋するのって」からして意味不明で、そもそも日本語として破綻しています。太田裕美版「中央フリーウェイ」くらいに思って聴いていた人も多かったんじゃないでしょうか。

これはまだ日本のロックやフォークのスタイルが確立していなかった時期に「はっぴいえんど」(ここに落ち着くまで数回バンドのメンバーや名前が変わっていますが)で、細野晴臣から洋楽を渡されて「こんな詞を書いて」と言われたのが松本氏の作詞人生の端緒だった事から、「三つ子の魂百まで」と言う事なんだと思います。

私が音楽を聴き始めた頃には、ロックやフォークも「政治的・社会的メッセージが無きゃいけない」「そもそも日本語でロックはいかん」と言った類の論争がほぼ終結し、サブカルチャーの世界から抜け出して「軟派な事でも好きにやって良いのよ」と言う風潮になっていた事は、より多様な音楽を楽しむうえでは幸運だったのかなとも思います。

ただ、「都会vs.地方」と言う対比の構図はもてはやされていて、都会もド都会、今は一般人が住むことが難しいような渋谷・青山で育って元慶応ボーイと言うピカピカ都会っ子の松本さんが「木綿のハンカチーフ」を作詞したと言うのも興味深い事です。

チューリップや海援隊のような九州勢が故郷を捨てる歌を歌い、秋田出身のマイペースが心を焦がして憧れたのとはまた違う上京ソングですね。本人が都会人なので着想が山陽新幹線開通のニュースだったと言うのもむべなるかな。

「木綿」で「都会は魔物」と言う物語詩(あれは歌謡曲の「詞」ではないですね)をヒットさせたので、続く「赤いハイヒール」では更に強力に「都会なんてろくなもんじゃねえ」と描いていますが、男女掛け合い構造も「木綿」のヒット要素と考えて立場を入れ替えた形で取り入れていて、冷静に詞を読むと「この男性はどこから彼女の何を見ているんだろう?」と疑問に思う部分もあります。

「ハイヒール」が「ハンカチーフ」の後に出ているので問題になっていませんが、もし登場人物が同一で曲の時系列が逆だったら、この男ほどの鬼畜はいないかも(爆

などと書いていたら、ふと White Autumn さんのコメントの「数え歌」と言う単語が目に入って、即座に思い出したのが「いなかっぺ大将」だった私は還暦目前・・・。

松本氏のバンド仲間であり、岩手で女手一つで育てられた大瀧詠一さんのサウンドが「憧れ、と言う言葉を音にするとこうなります」と言うくらいゴージャスだった(どこかしらクインシー・ジョーンズを彷彿とさせるような・・・)ことと言い、聴いて来た音楽のみならず、その人の生きて来た道や見て来た風景、食べて来たものと言った全ての物が、その人の作品に影響を及ぼすような気もします。

そして、そこを乗り越えないと本当の意味での商業作家にはなれないのだろうとも。

脱線長文、失礼しました。m(_ _)m
_
by もっふん (2017-05-04 00:06) 

もっふん

★楽曲について-1-★

これが困っちゃってるんですよね。悪くはない。楽曲としては凄く良く出来ている。なのにモヤッとする感じがするのは「太田裕美の『雨だれ』に続くシングル」として見ちゃうからでしょうか。

気が付いたら「ベース音を含むコードって最終的には誰が決めて、何のためにあるんだろう」と言う、音楽を演る者として物凄く「今さら」な事を考えていました。作曲者の考えるコード、編曲者の仕上げるコード、ヘッドアレンジを任されるミュージシャンのためのコード、ぽぽんたさんのように完成した楽曲から音を拾って決定するコード、歌本のように素人が伴奏するための目安としてのコード。

振り返ってみれば私の最初の投稿もコードにまつわる疑問からでした。

まあ、コードだけで演奏の全てを規定できないからこそモードと言う概念も生まれたわけですから、自分としてもこだわりどころが間違っている気がしないでもないですが。

で、冒頭に「-1-」と書いたように、コード解釈を含めた音的に細かいところは順を追って書いて行く事にして、今日はまず辿り着いた結論だけを書きます(いつやめても良いように・笑)。

そもそもバラードと言うものは「演歌」と同様に音楽的な定義が存在しない(「襟裳岬」以降の森進一は言うに及ばず、五木ひろしの「哀恋記」も森田公一色が非常に強く「演歌っぽくない」と当時は感じたものです。世良公則は雑誌のインタビューでツイストの音楽を「演歌ロック」であるとも言っていました)のですが、日本の歌謡シーンでバラードと言う場合は主にスローバラードで、4つ打ちを明確に感じさせる事が条件になっていると考えます。

4拍全てが三連かつ2拍4拍にアクセントを置くものはロッカ・バラードとも呼ばれ「雨だれ」や本曲のBメロはこれに該当します。長調でも加山雄三の「君といつまでも」などはバラードでしょうが、新沼謙治の「嫁に来ないか」や「津軽海峡冬景色」は、リズムはロッカ・バラードだけれどバラードと呼ぶかどうかは議論のあるところで、要するに「定義が無い」と言うのはそういう事なわけです。

三連でない場合は16や8を「感じながら」であっても4拍刻み、2拍4拍のアフタービートを「感じる」と言う事になり、ぽぽんたさんが例示した小坂明子「あなた」のAメロ、名前の良く似ている(笑)小林明子「恋に落ちて」、ビートルズ「イエスタディ」あたりは日本的基準でもバラードであると「私は」思います。

ふまえて、先のコメントで「雨だれ」で確立した太田裕美のイメージは「独特の声質で甘いバラードを弾き語れる清楚な歌手」であると書きましたが、本曲のBメロは成功したデビュー曲を踏襲したロッカ・バラードになっています。

問題は「Aメロで何をしたかったか」であり、考えられることは二つ、「バラードに拘らずもっとポップス寄りのメロディを試した」のか、「8-16系の4ビートバラードを試した」のか。

本当に私見ですが、「二番煎じにならない事」の方が優先された余り、この二つがどっちつかずとなり「ポップでもなければバラードでもない」パートに仕上がってしまっている事が、ハーモニーも旋律も美しいのに私をモヤモヤさせる原因であろうと言う考えに至りました。

この表現で分かって頂ける方はそう多くないかと思いますので、近々に補足して行きたいと思います。

この手のブログで楽曲を褒め称えるのは気楽で良いんですが、今回はややネガティブな内容を書いているわけで、当然反論もあろうかと思いますし、この曲を気に入っておられる方の心証も考えると非常にエネルギーが必要で気を遣います。

しかし、逆に音楽的な印象や解釈と言うのは限りなく属人的なものであるからこそ、私は私の感じた事を率直に書くしかないと思ってもおります。

それでは今日はこの辺で。
_
by もっふん (2017-05-04 02:50) 

White Autumn

もっふんさん

ぽぽんたさんよりも先のコメントで失礼します。
お話拝読しました。私の拙い説にも目を通してくださってありがとうございます。

もっふんさんのお話はとても面白くて…クスクス笑いながら一気に読み切ってしまいました。同時に、1975年当時の詳しいミュージックシーンや曲の構成など、私がよくわかっていない話題はとても勉強になりました。そういえば「シクラメンのかほり」と同じ時期でしたか。

以下、いくつか気がついた点を述べたく存じます。

・ポケットいっぱいの秘密について

あれは「から衣きつつなれにし…」の”かきつばた”短歌が元ですね。それゆえに「アグネスの秘密」なのだと、松本さんはかなり前からお話しています。

・最後の一葉について

思い出しました、原作では老画家が最後無理がたたり死んでしまうのでしたね。白川さんの依頼か松本さんの提案かは知りませんが、あまりに暗い結末にはしたくなかったのでしょう。原作は当時教科書にも載っていたお話ですから。
シングルレコードには、売り上げの一部が筋ジストロフィー患者の姿を描く映画の制作費用に寄付される旨の告知が載っています。その条件も影響したかもしれません。

・"America"について

うわさはかねがね耳にしていましたが、検索一発で答えが出る今とは異なり、どんな詞なのか何年も謎のままでした。ある時山野楽器の書籍売り場でサイモン&ガーファンクルの本を見かけて、なるほど、なるほどと笑いをこらえつつ納得した次第です。だからこそ、実際の東名ハイウェイバス(前回指摘した事項に加え、昼間は名古屋行きで京都までは直通しません)とはずれているのでしょう。しかし、高速バスで海と富士山が眺められる場所を通る際のBGMとしてこの曲は欠かせません。

・後ろから目隠し

ベタな少女マンガネタ…ですか?松本さんは「三枚の写真」でも使っていますね。最初の奥さまとの「指切り」エピソードはよく歌詞に使われていますが、同じような由来でしょうか。

・渋谷や青山

マスメディアによく出るような地域は確かに庶民とはかけ離れた世界ですが、一歩路地裏に入ると昔ながらの面影を残す民家や路地はまだ結構残されています。それがおそらく松本さんの原風景なのでしょう。松本さんは昔のインタビューで、

「はっぴいえんどは都会を描いたが、歌謡曲は圧倒的に田舎で人気があるし、東京を描く歌はそれこそ東京だよおっ母さんみたいな、ハトバスのような歌しかない。だから都会と田舎を交互に書いて、少しずつ距離を詰めていって、最後は都会の人のための都会の歌を書きたい。」

と話していました。その結果が大瀧さんや松田聖子さんなどのリゾート路線なのでしょう。

・「たんぽぽ」の、主人公の立ち位置について

これは「短編集」のアルバムを聴いてご判断いただくのが一番よろしいでしょう。でも、ご指摘のようなイライラ感を男性に与えてしまう、それが若い女性というものです。いつも自分を見てくれないと何となく淋しい、それこそモヤモヤしてくる。何気ないことでも、すぐに悪く受け取ってしまう。要は自分に自信がないからですが、そこに気がついて賢い対応ができるまでに時が経過すると、大概の人は「オバサン」という生き物に変わります。まれに若いうちからこのあたりの勘にすぐれている人もいて、もちろん早くから素敵な相手を見つけられますね。
by White Autumn (2017-05-04 10:55) 

White Autumn

どんどん脱線してしまうようで申し訳ありません。
もっふんさんのお話を読み返して、"America"について調べてみました。

当時のアメリカが抱えていた様々な問題を意識しつつ、本当の”アメリカ”を探しに行きたいというテーマの曲ですね。
それならば松本さんは「さよならアメリカ、さよならニッポン」で既に自分なりの決着をつけていたはずですが。なぜ太田さんの詞作でわざわざ蒸し返そうとしたのでしょう。
日本に置き換えると、”サギノーからヒッチハイクで4日間かかっていた”というくだりも意味するところが違ってきます。日本では交通機関のスピードの進歩以上の意味にはなりません。

ねえ私たち恋するのって…の出だしは、確かにもっふんさんのご指摘通りです。80年代ならば松本さんは、主人公の女性が母親の束縛を振り切って恋人と出かける歌にしたことでしょう。
たとえば、

マクドナルドにシェイクをふたつ
急いで買ってバスに乗ったの
ママのことなら心配ないわ
寝ているうちに出てきたから

御殿場までが矢のように過ぎ
(以下原作と同じ)
雪の白富士まるで絵のよう

朝早くから連れ出すなんて
あなた一体どういうつもり
問い詰めようと隣を見れば
漫画を伏せて寝たふりなの

といった感じで進行していくでしょうか。
お粗末でした。
by White Autumn (2017-05-04 16:56) 

もっふん

White Autumn さん、とんでもない長文の連投を読んで下さり恐悦至極です(^^;

天才・松本隆・金毘羅大先生(もはや語彙が・爆)の詞作に茶々を入れるのは江戸スカイツリーから飛び降りるほどの勇気が要りましたが、暖かく受け止めて頂いて有難うございます。

いろいろと語りたい所なのですが、昨夜の投稿後にたぶん袋叩きに逢うだろうなと思って用意した文章を取り敢えず投稿させて頂きます。


★歌詞について-補足-★

「イヤイヤイヤ、これは切ない片思いの歌なんだから、これで良いんだよ」と言われそうですね。

「そばに置いて下さい」=「今はそばに置いて貰えていない」=「まだ恋人ではない」、と言う文脈で読めばその通りでしょう。が、これが「これから二人の距離を縮めたい女性」の歌であるならば、

「公衆電話からいきなり電話してしまう自分」や「電話の相手に嫉妬する自分」について、せめて、「用も無いのに」「話す言葉も見つからないのに」とか、「私ってバカみたい」と自嘲してみたり、

「後ろから目隠し」を「あなたに取っては他愛ない悪戯だったとしても私には」と咀嚼する、

と言った要素が抜け落ちているのはいかがなものかと思うのです。

強い恋心は確かに少なからず人から冷静さを奪います。しかし、この歌詞では自分の欲求が丸ごと全部スコーンと相手に向いてしまっていて、ラブソングの背骨とも言える「内部で葛藤している姿」が完全に抜け落ちています。高田みずえの曲ではありませんが「だけど・・・」と感じている部分が猛烈に希薄なのです。

(※強いて言えば「舗道の隅に咲く小さな花」である「たんぽぽ」を「いつ踏み潰されても不思議が無い」ものとして「華やかさを欠いた平凡で詰まらない自分」に重ねているとも解釈出来るのですが、アスファルトを突き破って花を咲かせるたんぽぽは都会で見る事の出来る数少ない国民的野草でもあり、むしろ逆に「素朴で身近に感じられる愛らしい頑張り屋さん」と言うイメージを太田裕美さん本人に重ねたポジティブなシンボルと言う側面の方が先に来てしまいます。それも考慮した上で、「他の歌手であれば表現不足になるけれど、太田裕美が歌うのであればこの歌詞で良い」と言う計算があったのかも知れません。であったとしても、果たしてそれが妥当な判断だったかどうかは、これはまた議論が分かれる所でしょう)

もちろん字数の制約はありますし、具体的に「こう書けば良かった」などと語る力量が私にあったなら、今頃は松本氏より一桁二桁年収が低い程度の作詞家になれていたかも知れません(ナイナイ・笑

実際は分かりませんが、曲先制作で、湧き出て有り余る言葉のシェイプアップを迫られる中、少しは残しておくべきだった言葉を気が付いたら全部削ってしまっていた、と言う印象でもあります。

一方で、松本氏が意識的に「その時の主人公の感情を内省も躊躇もなくストレートにぶつける」と言う「新しい形のラブソング」を目指した可能性もあります。が、だとしても、それが新人歌手のセカンドシングルでやるべき事だったのか、と考えると、やはり私には割り切れない気持ちが残るのです。

売上げが芳しくなかったにも関わらず、この曲が一番好きと言う方が数多くいらっしゃるのも、先述したように「たんぽぽ」のイメージが太田裕美さんに良く似合う事に加えて、この曲が「他に無いタイプのラブソング」だったからかも知れませんね。
_
by もっふん (2017-05-04 19:28) 

もっふん

White Autumn さん

まずは、ぽぽんたさんを始めとする読者の皆様に対しても言い訳をするための自分語りを。いつもに勝る長文の上に単なるアリバイ作りですからレスポンスは求めませんし、むしろ誰にも読んで欲しくないくらいです(笑


実は私は本来音楽とは縁遠い子供で、小学校最初の通知表で音楽に「2」を貰ったレベルの「出来ない子」でした。危機感を持った親が近所のピアノの先生に「せめて人並にしてやって下さい」と頼み込み、他の生徒たちがブルグミュラーやらソナチネを練習している中、五線譜の読み方から始まって「ドレミファソファミレ」だけの簡単な発声練習や三和音だけの聴音などを2年ほど続けたでしょうか。

楽譜を書く練習として「次までに自分で考えたメロディを五線譜に書いて来なさい」と言う宿題が出た事があり、思い返せばあれが人生初の「作曲」でした。何を書いたのかは全く覚えていませんが、持って行くと「じゃあこれ歌ってみよう」と言われたので記譜自体は間違っていなかったのだと思います。

ピアノは「指を動かして楽器を鳴らす感覚を知るため」程度にしか触らせて貰いませんでしたので、なんとか「大して楽器は弾けないけれど歌が少し上手な子」になれた頃に転校でレッスンもやめてしまい、転校後はひたすら大学ノートに鉛筆でマンガを描いて過ごしました。

歌番組が好きなわけでもなく茶の間で親が見ていれば一緒に見る程度でしたが、1971年に天地真理、南沙織、小柳ルミ子の三人娘がデビューしたのをきっかけに自分でチャンネルを合わせるようになりました。しかし、その理由も、マンガ少年であったために「天地真理」と言う芸名の元になった「朝日の恋人」と言うコミックを知っていて興味が湧いたと言うだけの事でした。

かくして音楽脳を鍛えるべき年代や、歌謡シーンの生き証人となる上で重要な時代の大半を、「その辺のおばちゃん」感覚で音楽と接して来てしまったのですが、1972年に「旅の宿」、翌年に「神田川」がヒットし、不遜にも「これなら自分にも出来るんじゃないか」と思ってギターを手にしたことで、ようやく「演る自分」が始まり、演るために「真面目に聴く自分」も生まれました。

どのくらい「不遜」だったかと言うと、クリスマスに何の知識もなく買って貰ったのがクラシックギターであった事だけでも充分ご賢察頂けるでしょう。まあ、これはこれでフォークギターほどうるさくないので四六時中練習出来たり、コード弾きの伴奏の中にオブリガードやメロディを混ぜて弾く習慣が自然と付いたりして、プラスになった面もあるのですが。

かように、きっかけが「ヒット曲を自分で弾きたい」と言うただのミーハーですから、やろうとしていた事は歌舞伎町の「流しのお兄さん」と同じで、特定のアーチストや歌手を聴き込むわけでもなく作詞家や作曲家についても無関心で、ましてやテレビでクレジットされない編曲者などは気にした事もありませんでした。ただひたすら「友達にウケる曲」をどうやってギターでそれらしく弾けるかだけに腐心していたのです。

長々と自分語りをしてしまい恐縮ですが、要するに私自身がコアな歌謡曲ファンであったとはとても言えないのです。そもそも我が家にはステレオが無かったので大学に入るまで自分でレコードを買った事すらありません(皆さんに怒られそうですね・笑)。

「未来/岩崎宏美」へのコメントで書いたように、ギターコードを知りたいがために友達と当番制で「明星」を買い(White Autumn さんは当時の「平凡」を随分お持ちのようですね)、歌本に載っていればどんな曲でも取り敢えずは弾いてみた記憶であるとか(当時は掲載作品がTV・ラジオなどから全く耳に入らないと言う事はありませんでした)、本誌の方で仕入れた業界情報の断片が残ってるに過ぎません。

それに加えて「最後の一葉/太田裕美」へのコメントで触れたように、友人の中には「正しくコアなファン」もいて、彼らが筒美京平氏やら阿久悠氏やら松本隆氏が異能と言って良い歌謡界の天才である事などを熱く語ってくれた事もあるでしょう。

ですので、ただのミーハーなギター小僧でしかなかった私でも、このブログの記事を読むと何かしら一つくらいは引っかかるのです。引っかかっただけなのにコメントが長くなるのは、その記憶に自信が持てないために裏を取る作業が必要で、その過程で更に新しい情報に接する事でどんどん膨らんでしまった結果です。<ここまで言い訳その1>


語りついでにもう少しお付き合い頂くと、ギターを弾き始めて1年ほど経った頃、音楽の授業で「自分で作曲して歌え」と言う課題が出ました。人生で二回目の作曲です。私は基本的なコード4つほどで、ちょうどこの記事で取り上げているフォーク調のロッカ・バラードを作りました。

その時、私よりギター歴の長い同級生が私のまだ知らない多彩なコードを駆使した非常にドラマチックな作品を披露し、私は自分が音楽初心者である事も顧みず顔から火が出るほど恥ずかしく悔しい思いを経験しました。いや、まあ、実際自分の作品は今となっては思い出すのもイヤになるくらい酷い出来だったのですが(苦笑

しかし、これをきっかけに、私は先の「明星」の仲間達と作詞作曲ごっこを始めました。それもシンガーソングライター的な楽曲ではなく、ヒットチャートを賑わす歌謡曲のような「売れ線」指向で。今思うと、ここで何かを大きく間違えてしまったような気もします(笑

私に取って歌謡曲と言うのは聴いて楽しむ以上に、自分の音楽の引き出しを増やすための教材ともなって行きました。友人の言では、眉間に縦皺を寄せて何度も巻き戻しながらウォークマンに聴き入る姿は英会話のカセットを聴いているように見えたそうですが、テープの中身は松田聖子であったり大場久美子であったり石川ひとみであったり(爆

先のコメントで甲斐バンドに言及したように、その後ゴダイゴやツイスト、桑名正博のような音楽もヒットするようになった事から、「明星組」でいわゆる「学園祭バンド」を結成し、私はその後も相変わらず日本の音楽を聴いていたものの「この曲をバンドでカッコ良く演奏出来るだろうか」と言う聴き方にシフトして行きました。

結果、「雰囲気が出てればそれで良いんじゃね?」と言う甘い考えが頭を侵食してしまい、楽曲に細々とツッコミを入れておきながら、管弦楽的なオーケストレーション周りの見識が非常に弱いと言う痴態を晒すに至っているわけです。<言い訳その2>


White Autumn さんは、このブログの読者であるなら年齢を表す「白秋」と言う意味だろうと漠然と考えていたのですが、「月明かり」の再掲に当たって作詞経験がおありと言う話を伺い、今回いともあっさりと見事な「ひぐらし’80s」をお作りになられた事から、もしや「北原さん」の方の白秋だったのかなどと感じたりもしております(^o^;

古い業界事情についてもぽぽんたさんと渡り合える知識をお持ちですし、どんな方なのか過去のコメントを検索してみたら重複で3倍くらいに膨らんでいるとは言え150件近くヒットし(読むのは諦めました・笑)、このブログが開設されて間もない頃からの大先輩であると知りました。

良く良く読むとプロのSEさんや音楽ライターの方も参加しておられるようで、White Autumn さんもそのお一人ではないかと思うと拙文が猛烈に恥ずかしく感じられます。

しかしここは、私が食べて育って来た昭和の音楽について、受け身のリスナーとしてではなく演奏も含めた制作サイドの視線で話せる貴重な場所でもありますので、今後も勇気を奮ってコメントを投稿したいと思います。

考えが足りない部分や間違っている部分はバシバシ指摘してやって下さい>ALL

今後もよろしくご指導ご教授をお願い致しますm(_ _)m
_
by もっふん (2017-05-05 14:56) 

もっふん

White Autumn さん

ぽぽんたさん、今回は投稿量が多すぎるので、どうしてもツッコミたい所が無ければ、私はスルーの方向でお願いします(^-^;

さて。「仕事の出来ない奴ほど言い訳が」、とは良く言ったものですが、ようやくお返事本体です。

・1975年の音楽シーン

勿論こんな事が全部頭に入っているわけが無く、散々検索したものをまとめただけですが、上半期を見ただけでこれですから何とも豪華絢爛な一年であった事には私も驚きました。この1年をフォローするだけで’70年代が大体分かるレベルかとも。

・アグネスの秘密

これも追っかけ検索して知った事ですが、「松本隆が初めて詞を提供した」と言う書き方で想像されるほどラクな状況ではなく、お腹に子供のいる奥さんを抱えているのに細野さんと大瀧さんで「はっぴいえんど」解散が決められて、やむにやまれず作詞家を名乗り、アグネス楽曲制作班の2軍(1軍は作詞作曲5チームほどでシングルを担当していた)とも言えるアルバム担当班に採用して貰った、と言う事らしいですね。

アルバム用ならちょっと遊んでみたくなるのも納得ですし、それが、まだ徒弟制度じみた習慣が残っていた歌謡界でいきなりシングル用として「採用されてしまった」事には松本先生ご自身も驚かれたようです。

・かきつばた

昨今は「某有名巨大匿名掲示板」の影響で、行頭に一文字ずつ仕込んで読ませる手法を「縦読み」と呼ぶようです。1行目の1文字目、2行目の2文字目、とずらして行くのが「斜め読み」と言われる高等テクニック。

大抵の場合、普通に読む時と逆のメッセージ(こちらがホンネ)を埋める事が多く、論旨や改行位置がおかしな文章を投稿すると、「どう読めば良いんだ?w」とからかわれます。

・最後の一葉

オー・ヘンリーの短編は一般的に「いちよう」と読みますが、楽曲は「ひとは」と言うのが気になるあなたは立派な熟年(笑

「雪の中」と書いてしまいましたが、「嵐の日」でした。申し訳ありません。

「お、俺はな、ヒック、いつか大傑作を描いて、ヒック、せ、世間をあっと言わせるんでいっ!」

口先ばかりで一枚も絵を描こうとしない老画家が、確かに「忘れる事の出来ない大傑作」を最後の最後に描いた、と言うのが本来のストーリーであり、舞台も海外映画で良く描かれる「芸術家志望の者達が集まり住む安アパート」でした。

筋ジストロフィの件については正確な所が分かりませんでしたが、後年、太田裕美さん本人が「映画『車椅子の青春』の制作費チャリティ作品として作られた」旨の発言をされているようです。

この作品は個人的に太田裕美史上最高傑作(ポップでコケティッシュな魅力を否定するわけではありませんので異論は大いに認めます)と位置付けていたのですが、詞が翻案モノと言う点だけがちょっと引っかかっていました。

最初に「難病と戦う人を応援する」と言うコンセプトがあったのであれば、喉に刺さった魚の「最後の一骨」が取れた気分になるでしょう。

本当はそういう裏事情を勘案して作品の評価を変えてはいけないと分かってはいるのですが。

・後ろから目隠し

シブがき隊の歌「NAI NAI 16」では「下駄箱(歌詞では靴箱)にラブレター」を「マンガかよwあり得ねえww」と揶揄しているわけですが、目隠しして「だ~れだ?」と言うのも、作り話の中では良く見かけるけれども、現実世界で実行するのは相当恥ずかしいのではないか、と言う話です。

恋人たちが波打ち際をキャッキャウフフと走りながら「つかまえた!もう離さないぞ」、とか、半日殴り合いの喧嘩をしたライバル同士が夕陽の校庭やら河川敷にぶっ倒れて二人とも立ち上がれなくて「や、やるじゃねえか」「お前もな」「いや、俺の方が少し強い」みたいな会話をして友情芽生えちゃうとか、これは定型パターンであって考えなくても書けちゃうわけです。

誤解して頂きたくないのは、「センチメンタル/岩崎宏美」と「日曜日はストレンジャー/石野真子」へのコメントに書いたように、私はそういう「お決まりの様式美」も非常に好きでして、今回は「言葉で表現する以上に舞台装置や小道具に語らせる」傾向が強いと思われる松本隆氏が、安直にリスナーのイメージを喚起できるベタ(=ありがち)なフレーズを使った事を意外に感じたのです。

一方で、ご教示頂いた「指切り」は「約束が無い」ところが逆説的でとても新鮮だと思います。

詞の話を外れますが、私はサウンド的にも「ベタ」で「臭い」ものを好んでしまうので、昨今のように、曲の流れを断ち切ってリスナーを驚かせる「突然転調」(用語として実在します)がまるで約束事のように使われる傾向には辟易しています。

※カラオケの普及により一般人の歌唱力が上がって来たので、プロがプロでいるためには曲を難しくしなければならない、とか、よほど突飛な事をしなければすぐにネットで検索されて「パクリだ!」と騒ぎ立てられる、と言った要素も絡んでいると聞きます。

ぽぽんたさんのように連続したイメージの中で転調されるのは大いに結構で、昭和で言うとユーミンや尾崎亜美が巧みだったように思います。ちょいと古いですがポルノグラフィティの「メリッサ」の転調も非常に美しいと感じます。

通じる方がどれだけいるか分かりませんが、ぽぽんたさんや昭和の二人はフラット系であるのに対し、メリッサはシャープ系(どうせ元に戻る時は逆の転調をするのだからこんな区別は正式には存在しません)、転調は用法用量を守って正しく使って欲しいものです。

・渋谷、青山、六本木

「カッコマン・ブギ」ではありません(あれは「銀座、原宿」ですね)。

渋谷は長年通った街ですので、松本氏が「風街」と呼んで愛しているエリア、繁華街やオフィス街のすぐ裏が住宅地と言う光景は私の記憶にもあります。白金や田園調布に古臭い魚屋や八百屋があるのも、当たり前ですが見て来ました。小学生の通学路から一本離れるとラブホテルがあったりする、たぶんその猥雑に、雑多に混じりあった風景を全部ひっくるめた物が、松本氏の考える「都会」なのではないかと考えます。

あの辺りでデートする方は「ちょっと近道しよう」と考えると大変な事になりますからご用心を(笑

・「短編集」など

「偉そうな事言っちゃったんだから買うか」と思ったら既に販売終了でプレミア価格。><;

でも、曲目を見て最初の曲が「白い封筒」、最後の曲が「青い封筒」、と言うだけで、金田一少年なら「謎は全て解けた!」と宣言するでありましょう。なるほど、そうだったのか。
(ちなみに今「青い封筒」と言うと男女ともにアイドルのファンクラブ通信と誤解されます)

先に「最後の一葉」でも触れたように、シングルカットされた曲の解釈が周辺要素で変わってしまう、って言うのはどうなんでしょうねえ。最初から連作的なコンセプトのアルバム用として制作された曲の中から選んだのだから仕方ない事なのでしょうが。

買った人はB面の「リラの花咲く頃」を聴いてある程度察する事が出来ると思いますが、メディアに露出できるのはA面だけなのでセールスには結びつかないですし。

「若い女の子は元来面倒臭い物で、そうでなければ中身がオバサン」とのお説・・・
・・・分かります。(´・ω・`)

同世代の女の子は「この気持ち、すっごく分かるー」と双手を挙げて共感したかも知れません。
そして、だからこそ太田裕美さんもこの曲をチョイスしたのかも知れません。

でも、じゃあ、これを男性リスナーはどう受け止めたら良いのでしょう。私は「普通ではないラブソング」と書きましたが、つまり普通の女性目線のラブソングは「自分でも制御できない面倒な自分」の表現が組み込まれる事で、「ああ、じゃあ仕方ないな。それだけ気持ちが強いんだから」と男性を「納得と共感」、そして「より相手を思いやる気持ち」へと導きます。

半分くらいアイドルである新人歌手のセカンドシングルで女性の「一種の暗黒面」を訴えに行くのは、やはり今風に言うと「誰得?」と感じるとともに、もしやるとしてもそれは(メロディは全然別の物になるでしょうが)、山崎ハコや森田童子、ベタに有名どころを持ってくるなら、中島みゆき辺りの、もう、聴く前から「どうせこいつネガティブに悩んでるんだろうなー」と言うオーラのある(ファンの方ごめんなさい・土下座)アーチストの仕事であるようにも思います。

他方、どこかで使い古された言い方かも知れませんが、「若い女は・・・」を裏返すと、「およそ全ての(日本の)男は言葉も愛情表現も足りない物で、そうでなければ中身がジジイ、もしくはただの軽薄」と言う事も出来ると思います。

私がプロデュサーであって、なおかつ諸般の事情が許すのであれば、そうした鈍感な男の困惑「だけ」を描いた楽曲との両A面でのリリースも考えたのではないかなあ。「晴れ時々曇りところにより」、と上に付けたいところ、時代を考えてグッと我慢して「にわか雨」くらいで。

 いつもなら砂糖とミルクをたっぷり入れる
 コーヒーをブラックのまますすってる
 覚えたよ、今日はご機嫌斜めだね
 でもなんで?僕はなんにもしてないよ? < (それがイカンのじゃー!・爆)

White Autumn さんならスラスラと詞が浮かんで来る事でしょう。

まあ結論としては、ファンならアルバム買えよ、って話なのかも知れません(笑
_
by もっふん (2017-05-05 20:55) 

White Autumn

「にわか雨」といえば石川ひとみさん!
ということで、いろいろお話ありがとうございました。

White Autumn、すなわち”白い秋”とは「青春」の対語です。
青春、朱夏、白秋、玄冬から取っています。
青春も、これが出典です。
北原白秋もおそらくそこから引用した雅号でしょう。

今は青春だけがひとり歩きしてしまいましたが、何もなさずに年だけ老いてしまったという諦念含みの名です。ちなみに業界関係者でも何でもない、ただの素人です。

で、途中まで書いた「ひぐらし」の80年代版をもう少し考えてみました。

マクドナルドにシェイクをふたつ
急いで買ってバスに乗ったの
ママのことなら心配ないわ
寝ているうちに出てきたから

(原作通り)
御殿場までが矢のようにすぎ
緑の匂い胸にしみるわ
昔はカゴで通ったなんて
雪の白富士まるで絵のよう

朝早くから連れ出すなんて
あなた一体どういうつもり
問い詰めようと隣を見たら
漫画を伏せて寝たふりしてる

硝子に映る海のきらめき
キスをされたらどうしようかな
とりとめもなく考えてたら
薄目開けられどぎまぎしたの

あなたが買ったコーラ飲み干し
私はふっとため息ついた
今ごろママはどうしているの
指先じわり熱っぽくなる

日暮れる頃に港のあかり
それははてないひぐらしの旅
あなたと二人季節の中を
愛はどこまで流れていくの


何とかゴールできました。
この試作品には様々な仕掛けを施しております。

ぽぽんたさんびっくりさせてごめんなさい。
失礼いたしました。
by White Autumn (2017-05-05 21:51) 

widol

ぽぽんたさん、こんばんは。
太田さんの「たんぽぽ」、これは自分には思い入れのない曲になってしまいます。「木綿のハンカチーフ」からファンになったことは前にも書きましたが、「雨だれ」はラジオからよく流れていたので、耳にしましたし、「夕焼け」も同様でした。が、この「たんぽぽ」だけは全く当時の記憶がなく、曲も知りませんでした。「木綿のハンカチーフ」が売れた時に、テレビでこの曲の弾き語りをしたことがあるらしく、それを見た同級生が教えてくれて、「すごくかっこよかった」と言っていたのを今でも思い出します。
ファンになってからは、もちろんこの曲もシングルとして手に入れました。なので自分にとっては実感のないシングル曲ではあるのですが、初期のザ・太田裕美と言ってもいいらし過ぎる曲で、好きな曲です。ぽぽんたさんの解説でもあるようにこの2部構成の意外性と、太田さんの高音を生かしたとサウンドが切なさ倍増で、ぐっと迫ってくるものがありますね。個人的には「雨だれ」の二番煎じという印象はないのです、それは恐らくこの2部構成にあるのだと思っています。ただ、「雨だれ」の路線を引き継いでいるため、インパクトに欠けて、ヒットまでは結びつかなかったのではないでしょうか。
オリジナルカラオケを聞くと、ぽぽんたさんの説明がよくわかります。全体にストリングスとホーンが掛け合っている感じでピアノはイントロ以外は裏に回っていますが、その分実は後ろで細かく旋律を奏でているように聞こえます。


さて、「名盤ドキュメント」ですが、ようやくしっかり見ることができました。大変面白い番組でした。太田さんのファン冥利につきると言ってもいいくらいの番組でしたが、やはり「木綿のハンカチーフ」を生んだアルバム、という位置付けが強く感じられる内容になっていました。これは一般的に番組としては仕方ないのでしょう。
マルチトラックを使った解説など、今まで知ることのなかったこのアルバムの世界を知ることができて本当に幸せでした。
たかがテレビから流れてくるサウンドだったのですが、なぜかとっても音が高品質の音に聞こえました。もともとのマルチトラックテープだからでしょうか。ちなみに番組を見た後でハイレゾで「七つの願いごと」を聴いて鳥肌が立ちました。

このアルバムは確かによく出来たアルバムです。アイドル歌手のアルバムという捉え方ではとても表現出来ないほどのクオリティと情熱を持ったアルバムですね。この番組とともにハイレゾ配信の「mora」に掲載されている白川さんのインタビュー記事も併せて読むと大変面白いです。
http://mora.jp/topics/interview/takumi15/?fmid=TOPNXTBK01
番組の中でレコーディングの時に、感情を込めている暇がなかったとお太田さん自身が話していましたが、「かなしみ葉書」や「七つの願いごと」などは情感たっぷりに歌っているとしか思えません。白川さんや萩田さんがおっしゃるように、彼女は天才なのかもしれません。デビューして1年足らずでこれですから。

それにしても太田さんという人は幸せな人だと思います。デビューしてから、あれだけの天才たちにサポートしてもらって曲を生み出していき、最近はなごみーずとして全国を飛び回ってコンサートを行い、多くのフォーク仲間に迎え入れられている現役として活躍しています。そして、「名盤ドキュメント」のような番組で取りあげてもらえて、当時の実力を改めて知らしめる機会をもらえるんですから。
太田さんのファンで良かったと改めて思います。最近はさずがに以前のように地声部分の音域が狭くなってしまったのが残念ですが、今度6月に渋谷で開かれるソロコンサートに何年ぶりで行きます。「名盤ドキュメント」のあとなので、盛り上がるのではないかと期待しています。
by widol (2017-05-05 22:00) 

ぽぽんた

White Autumnさん、そして連名で失礼ながらもっふんさん、こんばんは!
この頃はいつもの事となってしまいましたが、お返事が遅くなって申し訳ありません。

お二人のご投稿はコメントの範疇を超え、私の記事の内容にかぶらぬよう細心の注意を
払って書いて下さった解説であり評論となっていて、私が考えも及ばなかった事も数多く、
恐らく多くの時間を割いて書き込んで下さった事に心からお礼を申し上げます。
言及して下さったテーマ一つ一つに私なりの考えを書きたいところですが、
今は頭の中で全くまとまらず、納得して頂ける事を書く自信もないので、
また改めてじっくり考えさせて頂きたいと思います。
それほど、内容が濃くて(^^;)

以前から一つ感じている事があって、「たんぽぽ」が収録された太田裕美さんの2枚目の
オリジナルアルバム「短編集」の対極にあるのが、もしかすると松田聖子さんの2枚目の
オリジナルアルバム「North Wind」なのかも知れないな、と。
プロデューサーも作家も全然違うのですが、アルバム作りのコンセプトに共通性を感じるんです。
それを象徴している(と私が勝手に思い込んでいるだけですが)のが、「短編集」の中の「回転木馬」、
「North Wind」の中の「花時計咲いた」で、両曲とも当時のアイドル歌謡に似つかわしくない
演奏時間5分以上の大作なんですね。
太田裕美さんである程度確立されたアルバム作りの方向性が、同じCBSソニーの
松田聖子さんのそれに生かされ、結果松田聖子さんもシングルのみならず
アルバムでも高く評価される歌手となった、と思うんです。

楽曲の、特に歌詞の内容からすると「短篇集」が陰で「North Wind」が陽であり、
それは真逆と言って良いのですが、
アイドルでもコンセプチュアルなアルバムが大切なアイテムとなる、
そんな方向性の正しさを証明した作品と、私は思っています。

やはりこのブログ、私だけでなくこうしてコメントを下さる方々と共同で成り立っている
と改めて感じさせて頂いています。
今後もぜひよろしくお願い致します!

by ぽぽんた (2017-05-05 23:38) 

ぽぽんた

とわのえさん、こんばんは! お返事が大変遅くなり、申し訳ありません。

そのように言って頂けるのは、記事を書いていて至上の喜びです。
これからも喜んで頂ける記事を書きたいと思います。
ぜひまたおいで下さいね!
この記事を書いて、私も改めて「たんぽぽ」が好きになりました(^^)

by ぽぽんた (2017-05-05 23:44) 

ぽぽんた

Massanさん、こんばんは! お返事が遅くなり、申し訳ありません。

私が「ぽぽんた」と名乗っているのは、「たんぽぽ」の「ぽぽ」と言う音が
何とも言えず温かみを感じるからなんですよ。
子供の頃から「たんぽぽ」と言う名前自体が好きだったんです。
しかしだからと言って「たんぽぽ」と名乗ると女性的に思えたので、
ひっくり返してぽぽんたとしたんです(^^)

今回の曲「たんぽぽ」は、シングルとしては曲自体もサウンドも
クラシカルで、若い人に聴かせるとかなり好き嫌いが分かれるのでは、
と思います。
しかしきっと、そういう楽曲ほど、年齢を重ねるにつれて気持ちに合ってきて
その結果、発売当時とは違うものを感じられるようになるものかも知れません。

こちらこそ、記事を丁寧に読んで下さってありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します!

by ぽぽんた (2017-05-05 23:53) 

ぽぽんた

きゅーぴーさん、こんばんは!

「名盤ドキュメント」、やはりいい番組ですよね(^^)
NHK、特にBSプレミアムではあまり番宣もせず散発的にすごく興味深い
番組を作って放送するので、逆に困ったものですねぇ(^^;)

「心が風邪をひいた日」は16トラックなのでボーカルは2トラックしかない
ようでしたが、例えば松田聖子さんの「風立ちぬ」では(この曲では
24トラックが使われているようです)ボーカルが6テイクも入っているそうで、
それは大瀧詠一さんが自らそう解説しています。
新人・ベテランはあまり関係なく、マルチテープにはボーカルは大抵
複数テイクが入っているようです。

当時愛川欽也さんがやっていたTV番組って何だろう? 「リブ・ヤング」かな?
東京12チャンネルで「キンキン・ケロンパ歌謡曲」と言う番組もあったっけ。
今思うと、愛川欽也さんは70年代では当時の若者のけん引役のような
芸能人だった気がします。

八幡平の野外ライブですか! そのお話もぜひ伺いたいところです。
今はそういったイベントもかなり限られているので、きゅーぴーさんは
良い時代に良いコンサートをご覧になったんですね。

これからもご投稿、お待ちしています!

by ぽぽんた (2017-05-06 00:05) 

ぽぽんた

widolさん、こんばんは!

「木綿のハンカチーフ」がヒットする前って、太田裕美さんってちょっと
本流から外れていると言うか、「太田裕美が好き!」と言うとちょっと引かれる
ような雰囲気さえあったのを憶えています。
私にとっては、親友がこの「心が風邪をひいた日」と、当時発売されたばかりの
「太田裕美ヒット全曲集」(「夕焼け」がA面1曲目でした)を貸してくれて
それを聴き込んだのがハマるきっかけだったので、感覚として
widolさんと似ていたかも知れませんね(^^)

記事を丁寧に読んで下さってありがとうございます!
そして「mora」のリンクをありがとうございます。
とても貴重なインタビュー記事ですね。
私もハイレゾで「心が…」をしっかりと聴きたくなりました。
全体にアコースティックなサウンドなので、尚更ハイレゾが合いそうですね。

マルチトラックをそのまま聴けると本当に楽しいだろうな、と思います。
海外ではマルチトラックが公開されている曲が多くなってきたようなのですが、
日本ではマルチ音源は全くと言って良いほど公開されていないので、
今ではDAWも普及しているし、マルチをそのまま公開してくれても
結構需要があると思うのでやってほしいと願っているところです。

太田裕美さんはデビューアルバムからすでに歌唱スタイルが確立していましたね。
当時19歳でしたから、やはり素晴らしい才能があったのだと思います。
才能がある人には才能がある人が寄って来る…と言う事かも知れませんね。

6月のライブ、ぜひ楽しんで下さい! 良かったら報告して下さいね(^_-)-☆

by ぽぽんた (2017-05-06 00:30) 

もっふん

【緊急告知】

話題の名盤プレミアムですが、今ならYoutubeで全編視聴可能です。
たぶんあっと言う間に削除されてしまうと思うので、ご覧になれなかった方で著作権を気にされない方はお急ぎを。

 www.you★tube.com/watch?v=gOjEBhZ-jpI

 ↑コピペして「you」と「tube」の間の「★」を削除して下さい。

(ご手数でしょうが、直接リンクを貼るとアクセス解析で削除が早まったり、出元として特定されるとぽぽんたさんに迷惑がかかる可能性があると考えての措置です。これは私が勝手にやっている事で全ての責は私にあります。ぽぽんたさんが「問題あり」と思われるのであれば削除をお願い致します)

また、NHKの本番組の紹介ページ、

 https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92604/2604332/

にて「再放送リクエスト」が可能ですので、著作権的に気兼ねなくご覧になりたい方のために、お気持ちのある方は是非ワンクリックを。
_

by もっふん (2017-05-06 17:42) 

nuko222

ぽぽんたさん、こんばんは。そして、もっふんさん ようつべのご紹介ありがとうございます。
当方は現在テレビの視聴が設備の関係でできなくて諦めていた「名盤プレミアム」がアップされていたとは!!!
16chマルチレコーダーでもこれだけの音の世界ができるのだという事を証明している内容でこれを見ながらアルバムを聴きたくなります。

当方が気になった部分は、番組中盤での16chマルチテープのチャンネルシートがCBS/SONYのものでなく、モウリスタジオ(現在のモウリアートワークスとは別の目黒トンネルの近くにあった)のもので、特記事項としてアオイスタジオ(現在もある麻布十番の老舗スタジオですが、現在は音楽系は受け付けていない)の3M製マルチの録音記録磁束密度に合わせているとした記述です。(シート左下に250nWB/の文字。それまでは185nWB/mm2なので6dB UPになります。ちょうど切り替え時期だったのですね。)

モウリスタジオはスカーリー製のマルチレコーダーだったと聞いています(当方は行ったことが無い)が、そこで仕事していた方や仕事の師匠から聞いています。このシートに記載されているアシスタントの方は知っています。

さらに、16トラック目がタイムコードトラックでなかった事に衝撃です。これは、コンピューター等の同期が無い状態での作業環境を示しており、ミックスももちろん手動で再現性が無いことを意味します。

萩田先生もお元気そうでしたが、かつてスタジオで仕事させて頂いた時の印象と違って、TVなのでおとなしくしていたか、話が大幅にカットされていたのかな?と思いました。(もっと饒舌な方です。でも今回の主役は太田裕美さんですから!)
もう一回見直す価値があると思います。


もう結構長くなったのでこの辺で失礼します。
返信不要です。次回を楽しみにしています。


by nuko222 (2017-05-06 23:53) 

ぼたもち

ぽぽんたさん、こんにちは。
連休も最終日となりましたが、いかがお過ごしですか。

コメントしたつもりでいました。途中まで書いてそのままにして…消えてしまったんですね〜。
再訪したらもっふんさんの熱弁が!その後に私の薄っぺらいコメントを残していくことに躊躇しましたけど、置いていきますねf^_^;
その前に、ぽぽんたさんのお名前がたんぽぽの反対読みということは気づいてたのですが、意識的に付けられていたのですね。なるほど〜ステキな理由(*^^*)

太田裕美さんの『たんぽぽ』、認知度はあまりないのでしょうか。『木綿のハンカチーフ』から裕美さんを知った方も多いのかもしれませんね。
『雨だれ』『たんぽぽ』『夕焼け』は、私の中で三部作として強く記憶にあります。イントロ当てクイズもたぶんバッチリです(笑)
たしかに詞は暗いけど、裕美さんの柔らかくてかわいらしい声質と風貌から陰湿という記憶はなく、“切ない”と捉えていました。

私が裕美さんに惹かれたのはピアノの弾き語りだったからで、そうでなければ同世代の人気歌手や優れた楽曲は当時数多く存在していたので、もしかすると気にも留めなかったかもしれません。
時折ピアノを弾かずマイクを持って歌う時などはあまり興味がなく、ピアノ封印の『木綿のハンカチーフ』はなんとなくガッカリしたことを覚えています。大ヒットでしたけどねσ(^_^;)

番組内で、ソニーミュージック社長の丸山氏が当時の裕美さんを「アイドルにしては薹(とう)が立ってる」「弾き語りでフォーク風に」とおっしゃっていましたが、まんまとその戦略に引っかかったのが私です(笑)

『木綿のハンカチーフ』イントロのアルバム盤とシングルカット盤の違い、改めて聴くと全く違うものですね。筒美先生自ら手を加えられたんですね。
大物達があれやこれや駆使して太田裕美を作り上げていたことに驚きです。
聴き飽きていた『木綿の…』でしたけど、こうして紐解かれてかなり食いつきました。
『袋小路』には触れてくれましたけど、時間足りなかったですね〜他の曲についてもお話聞きたかったです。

楽曲についての感想じゃなくてすみません。
by ぼたもち (2017-05-07 10:21) 

もっふん

うわ、もう日曜日。大風呂敷広げておいて畳むのが間に合いません><;

>ぽぽんたさん

人によって感じる所も違えば同じ物でも解釈が違うのは当たり前ですので、ぽぽんたさんが「記事」と言う形で投げ込んだ石のおかげで各人が好き勝手に感想を開陳できると言う、もうそれだけで充分有り難いです。

少なくとも私には、「どうしても一言言いたいっ!」と言う部分以外は「ふーん、そう思う人もいるのか」と流して下さらないと、ぽぽんたさんの負担を増やすばかりになってしまうので逆にコメントしづらくなってしまいます。

どうぞお気楽に(^_-)-☆

>とわのえさん、Massan さん、きゅーぴーさん、初め全ての太田裕美ファンの皆様

私は「広く浅く」聴いて来たので、熱心なファンでこそありませんが太田裕美さんはとても好きなアーチストです。今回も決して彼女や制作スタッフの仕事をディスる意図は毛頭無く、「楽曲も歌手も良いのに何故セールスが振るわなかったんだ」と言うのが解せないからこそ、「良い曲が売れなかった理由」を考察しているに過ぎません。

だからこそチャートアクションを執拗に調べて「シクラメンのかほり」と同月発売だった事に辿り着き、ぶっちゃけ、たぶんこれが一番響いたのだろうとも考えています。

>widol さん

ご紹介下さった「mora」の記事はとても面白かったです。これを読んで「名盤プレミアム」を見てしまうと、スタッフ全員がその時考え得る最善を尽くしていた事が伝わり、論評していて胸が苦しくなるほどです。

白川さんが最初から「シングルもさることながら、じんわりとアルバムが売れ続けるアーチスト」を目指しておられて、全てのアルバムがコンセプトアルバムであると言うのは、当時としては考えられない画期的な構想で、「木綿のハンカチーフ」を褒め称えようが「恋愛遊戯」をくさそうが、「シングル一枚でガタガタ騒ぐな」と構えた手のひらの上で転がされているだけのような気さえします。

そうは言っても「『九月の雨』が売れてくれて名誉挽回出来た」と漏らされるあたり、やはりプロの作り手はしんどいものなのだな、と感じました。

昨今流行りの言葉で言うと、その辺りを余り「忖度」し過ぎるとひたすら楽曲を褒める事しか出来なくなるので、私はなるべく業界事情には踏み込まずに「一曲の作品」を「一人の元バンド小僧」としてコメントして行きたいと思います。

>nuko222 さん

SEさん、と解釈してよろしいのでしょうか。とにかくメチャクチャ濃くてマニアックな内容に「こんな方まで!」と嬉しくなりました。

私が「ムフフ」と思った所は、ヒャダインさんの前に置かれておいたシンセがヤマハ SY-99 だったところです。「プロユースに耐える」と言う意味では三世代ほど前の機種ですから。未だに現場に DX-7 を持ち込む KB の方もおられるとも聞きますが本当なんでしょうか。

また、恥ずかしながら、このブログを読んで初めて、コーラスをフェイザーなどで汚してボーカルより奥に引っ込める手法を知ったのですが、松原正樹さんも「ミックスの段階で音が出たり引っ込んだりと言うのはある」と言われていますし、リバーブは勿論、定位やらイコライジングやらコンプレッサやら、実際にミックスの段階で行われる作業と言うのは、エフェクターの機種選定も含めて、誰の裁量でどの程度行われていたのか、機会があればお話を伺いたいものです。

>ぼたもちさん

私の文章が長いのは、これは病気みたいなものなので、面食らわせてしまったのであれば申し訳ありません。私が書いているのは「本当は怖いグリム童話」に近い話であって、太田裕美さんの声で歌われると全て許してしまう、と言う部分は私にもあります。

彼女の声についても触れたいのですが、果たして余力があるかどうか(苦笑
_

by もっふん (2017-05-07 22:03) 

ぽぽんた

もっふんさん、こんばんは!

まずは「名盤ドキュメント」視聴についてのお知らせをありがとうございました。
前にも書きましたが、これまでの放送履歴、また今回は特に知名度の高い作品だった
事も考えると、恐らく近い将来地上波で再放送があると思います。
見逃した方々にはぜひ観て頂きたいですね。

私は記事にもコメント欄にも自分が思っている事を書いているだけですので、
もしも必要以上に気遣っているように感じさせてしまったら申し訳ありません。
仰るように、もっふんさんが書いて下さる事すべてにお応えする事は量的にも
とても難しいので(^^;)、特に言いたい事だけを書かせて頂いています。
ご容赦下さいm(__)m

これからもぜひ、色々な意見をお知らせ下さい!

by ぽぽんた (2017-05-07 22:40) 

ぽぽんた

nuko222さん、こんばんは!
返信不要との事ですが、興味深い内容なので少しだけ…。

チャンネルシートのそのような部分を読み取ってしまうのは凄いですね!
私は全く気づきませんでしたが、録音機について、ことアナログ録音機には
並々ならぬ興味を持っていますので、機会があれば更なるご教示を頂きたいところです。

モウリスタジオは創設当時はアンペックスのAG-440(8トラック仕様)であった
と当時の雑誌の記事に載っているので、16トラックに移行するにあたって
スカーリーが選ばれたのかも知れませんね。
余談ですが、小柳ルミ子さんの「わたしの城下町」はモウリスタジオで
録音されているそうなので、そのアンペックス8トラで作られたと思われます。

萩田氏の談話はきっと、大幅にカットされたような気がします。
編集が不自然な感じを受けてしまって(^^;)
恐らく番組中で採り上げられなかった楽曲についても色々と語られている
はずなので、ぜひフルバージョンで放映してもらいたいものです。

by ぽぽんた (2017-05-07 22:48) 

ぽぽんた

ぼたもちさん、こんばんは! そうなんですよ、もうGWは終わりで(=_=)
しかも休み明け早々に出張で、体がついていくか心配です(^^;)

「ぽぽんた」にはもう一つエピソードがあって、それは20年以上前に
シンガポールから来た技術者(女性です)と仕事をしていた時に、
誰かから吹き込まれたのか、その人が私の事を「ぽんた!」と呼んでいたんです。
それが自分でも気に入っていた事も、「ぽぽんた」誕生の一因です(^^)

「弾き語りでない太田裕美さんにガッカリした、と仰るのは理解できます。
当時、すでに五輪真弓さんや小坂明子さんがピアノ弾き語りをしていましたが、
どことなく知的に見えたりするんですよね(私見です)。
ちょっと違いますが、カーペンターズのカレンがドラムスを叩きながら
歌うのがすごくカッコよくて、私は大好きでした(^^)

太田裕美さんについては、新人として紹介されている歌本(月刊平凡です)を
今も持っているのですが、当時、それに19歳と書かれているのを見ても
新人なのに年齢が高いな、なんて事は思った記憶がないんです。
でも制作する側としては、19歳で「薹が立っている」と判断していたんですね。
…それにしても「薹が立つ」って言葉、何だか失礼な感じしますね(^^;)

nuko222さんへのお返事にも書きましたが、「名盤ドキュメント」は
今回取り上げなかった楽曲を含め、ぜひフルで編集しなおしてもらいたいものです。

by ぽぽんた (2017-05-07 23:11) 

もっふん

>White Autumn さん

「America」については、ちとデリケートな部分もあるのでお返事を躊躇したのですが、欧米人、特に母国イギリスと戦って独立を勝ち取り、南北戦争と言う内戦を経てようやく一つの国にまとまった、と言う歴史を背負った米国の人達は、「アメリカ人である」と言う事自体が個々人のアイデンティティの中に深く深く組み込まれています。

愛国心(ナショナリズム)と言う言葉も郷土愛(パトリオティズム)と言う言葉も、ジャーナリズムの世界ではネガティブな色彩で語られる言葉ですが、当時の、そして概ねは現在も、彼らに取っては「国の正義が自分の正義」であり、だからこそ徴兵制も成立しているのです。

言い換えると、国の大義が揺らぐと言う事は彼らの価値観を根底から揺るがす事態であって、「America」で歌われているのは、そのアメリカを見失ってしまった若者たちが「アメリカ」になぞらえて「自分探し」をしている情景です。

「愛国」を蛇蝎のように嫌うよう教育された戦後の日本では成立しえない内容であるからこそ、松本氏は過去の「さよならアメリカ」とは全く関係なく、恋愛になぞらえて「何となく迷いがあるけれど、このままで良いんだろうか。何の決意も無いけれど、どうなるんだろうか」と言う、アイデンティティが浮遊している若者を描いたのであり、これは猛烈に'70年台的なテーマであると言えるでしょう。


気を取り直して「ひぐらし」ですが、「昼間は東名ハイウェイバスは名古屋までしか行かないし発足当時から全席禁煙」、ついでにさらっと「昼間は外が明るいから彼の顔がガラス窓に映らない」など、ディティールに正確さを期すご努力はさすがだと思いました。

ただ無理矢理考えると、ハイウェイバスではなくて東京から京都行きのツアーバスであれば当時は煙草も吸えたと思います。無論、「夕方京都着」なんていう馬鹿な日程は立てないでしょうし、'80年台ならまだしも、昔話絵本に出て来るご隠居さんのキセルまで削除される今の時点でタバコを小道具に使う事は難しいでしょうが。

窓ガラスは・・・トンネル?(東名のトンネルは充分明るいですけど・笑)

阿久悠氏はちょっと偽悪的に「流行歌を作ると言う事は『時代と寝る』と言う事である」と述べられましたが、昭和の歌謡曲の99.9%は、今のように恋人同士はおろか友人同士ですら5分置きにスマホで LINE メッセージを交換して動向を確認し合っている状況では成立しないでしょう。

それが逆に「時代の歌」たる要件であるとも思いますし、「8時ちょうどのあずさ2号」が廃止されても「あずさ2号」は「あずさ2号」ですし、「玄冬」世代の方々に取って「ハワイ航路」は「憧れ」であると感じらる部分はずっと残り続けるのだと思います。

阿久悠氏も松本隆氏も「時代の渇望しているものを探して書く」と、別の所で全く同じことを言われていますし、ある評論家が「天才と言える作曲家は二人しかいない。時代の求めるものを敏感に感じ取って次々と提示出来たのは、筒美京平と小室哲哉だけだ」と書いているのも読みました(私は、いくら売れていても小室氏の音楽を受け付けなかった時点で「自分が時代から滑り落ちた」と思ったものです)。


最後にですが、北原白秋は、学生仲間で詩作を競い合うに当たって全員「白〇」と言う雅号を用いる事と決め、たまたまくじ引きで当たったのが「秋」だったのだそうです。

P.S. 「ひぐらし'80s」の「仕掛け」探しはギブアップです(笑い
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by もっふん (2017-05-07 23:45) 

nuko222

ぽぽんたさん、もっふんさん こんばんは。
ご両人とも当方の書き込みに興味を示していただいてありがとうございます。
昔、音楽系のスタジオで仕事をしていたので多少の機材等のことを知っていますが、スタジオミュージシャンの方と違って他社スタジオへ出かけていったことが少ないので、情報は知っていても行ったことすらない所も多いので、質問されてもわからない部分も多いかと思います。
昨日の当方の書き込みで不正確な部分があったので書き加えます。

チャンネルシートに録音記録磁束密度のことを書きましたが、映像を見直しました。
すると、モウリスタジオでスカーリーの16chでの録音時は185nWBで録音しているという赤いスタンプが押してあり、アオイスタジオでおそらくダビングした時は3Mのマルチレコーダー(M79)で250nWBで録音しているという手書きのコメントがあったということです。
これが、アルバムのチャンネルシートの左下にあったということです。
木綿のハンカチーフ シングルVerにコーラスを加えていることの紹介部分で出てきた9トラック(チャンネル)に録音のコーラスですが、アルバムVerのチャンネルシートとは楽器の記述が違っています。
アルバムVerでは9chには10chとセットになっていると思われるEG(エレキギター)が録音されているようです。
ちなみに、イントロと間奏のFG(フォークギター)は7chに録音されているようです。
また、ボーカルが2chあってこれもソロで披露していましたが、確かにチャンネルシートの14,15chにありますが、15chには「10/5 AMS」という表記があり、多分AMS製のハーモナイザー(dmx 15-80sかな?)で加工した歌ではないかと思います。

※ハーモナイザーはその当時ではイーブンタイド製のものが有名でしたが、上記の機材も同様な音程を若干上下させる効果をリアルタイムでできるので、コーラス効果を出すものとして重宝されていました。
また長くなってしまいました。それでは失礼します。
by nuko222 (2017-05-08 01:25) 

White Autumn

もっふんさん

いつも詳しいお返事とご説明をありがとうございます。
また、私の勉強不足・認識不足の点について優しくご教示いただき恐れ入ります。北原白秋についても思い違いしていましたね。
「ぽぽんた」さんについても、最初は村上ポンタ秀一さんを意識しているのかもと、勝手に想像していました。

それなりに長く生きてきて、私は物事についておそらくこうだろうと、なるべく矛盾や齟齬のないように推定する力はそこそこあるのかもしれませんが、それを検証する力、誤りや教訓を素直に受け入れて自分の糧にする力が不足していて、ひとりよがりに陥ったり、失言をしたりすることが少なくないようです。それゆえの「白い秋」でもあります。

アメリカのアイデンティティについても、私より少し前に生まれた世代の人でないと理解しづらいところがあるかもしれませんね。昨年来話題になった大統領選挙を筆頭に、日本人の感覚から見れば、あんなに強い国家なのになぜ?と首をひねるような現象も、向こうの人にとっては十分な整合性があるのでしょう。

日本で”愛国”が強く否定されたのは、一部の政治家や軍人の暴走を肯定する道具として使われ、国を破滅寸前にまで追い込んだこと、および国の愛し方を一義的に規定して、それに従わないと激烈な目にあわせて構わないというコンセンサスがあったため、その反省としてと解釈しています。

「ひぐらし」のお話に移りましょうか。
ツアーバスが普及してから、現時点でまだ20年くらいだと思われます。
昔は鉄道の力が強く、様々な規制もありました。
高速道路も、1975年時点ではそれこそ東名・名神と中国自動車道、東北自動車道の一部しかできていません。
太田さん自身も、「夕焼け」の頃郡山のコンサートの帰り、急行電車の窓でUFOを見たとライナーノーツに書いています。

東京から関西方面までのツアーバスなどまだ想像もつかず、日光や箱根、軽井沢など周辺の観光地へ行く、会社慰安旅行や小学生の移動教室など団体客目的の観光バスしかなかったと思われます。だからこそあの時代は鉄道を描く歌謡曲がたくさんできていたのです、だってそれしかなかったのですから。

80年代版は、松本さんが後年別の人に書いた有名な作品をベースにしています。コーラの件は「オレンジの口紅」の「冷や汗かいてたコカコーラ」を逆にして考えました。最初は休憩の浜名湖SAでオレンジの口紅を引きなおしていたら…ともくろんでいたのですが、歌には入れられませんでした。ガラスに映る海のきらめきは駿河湾ですね。

最後の「港のあかり」は、松本さんが後年移り住んだ町をイメージして、松本さんの人生の到達点の暗喩としています。東京駅を朝早く出たら、夕方にはその付近までたどり着けます。ご本人は最近、京都で仕事をすることが多いみたいですね。「ひぐらし」の終着を京都にしたことは、そのまま松本さんの歩みにも重なっているように思えます。
by White Autumn (2017-05-08 10:27) 

もっふん

★楽曲について-2-★

ぽぽんたさん出張お疲れ様です。お仕事は無事に進んでいるでしょうか(^-^)ノ

前回結論だけは書いたものの「-1-」と付けてしまったので、せめて「-2-」は書かないと格好が付かないな、と気になって仕方が無かったので、気持ちをスッキリさせるために書けるだけ書いておきます。

<イントロ>

最初のピアノリフは曲の中で使われるコード(乱暴に書くとDm・Dm・Gm・A7)を予告しているだけであって、イントロ以降オーケストラ主導になる前に「デビュー曲でピアノ弾き語りをした太田裕美」を思い出して貰うために設けられたのでしょう。

ピアノ使用楽曲を聴き慣れている人であれば最初の一音、決して低音とは言えませんが本曲で聴き取れるピアノとしては最低音に近い D4 が右チャンネルから聴こえ、2オクターブ上の D6 を含むリフ本体が左チャンネルに跳ぶ事で、一般的な歌謡曲とは逆の定位、演奏者と向かい合って聴かされている状態にまず「ほう」と感じます。

殆どの曲で聴衆と向かい合った定位を用いられるドラムに対して、鍵盤楽器は一度は自分でも触った事のある人が多いため、「右へ行くほど高い音」と言うイメージに従っている場合の方が遥かに多いからです。途中に挟まれる D5 付近を使った和音がちょうど中央付近に聴こえます。

が、ソロが終わると単純に「バッキングは右、リフは左」とパンで操作されているので、必ずしも音程と定位を一致させている訳でも無いようです。

イントロ本体は重厚な弦楽器が主体の8ビート。右chで深いリバーブを掛けて演奏されているエレキギターのカッティングに加えて、16分音符で構成されたピアノのアルペジオの最高音を2拍と4拍に持って来る事でスネアドラムに替えていますが、やはり聴感上スネアドラムにはかないません。

16分音符を弾いているピアノもアクセントがウラに回る事は無く、ベースも王道の8ビートを弾いていますので16ビートと感じられる要素もありません。このリズム構造はそのままAメロに踏襲され、前のコメントで私が書いた「四つ打ち感の物足りなさ」の原因でもあります。

コード進行は5小節目の頭まではメロディの冒頭部分と同じで、その後ろにBパートの最後の進行をくっ付けた、ごくごく普通の進行です。

特筆すべきは3小節目が A7 の基本トライアド(A・C#・E)ではない 7th(G)の音から始まってアルタード・テンションである13♭(B♭)へと展開している部分。主旋律(たぶんビオラ)のB5♭の1オクターブ下でもチェロと思われるA4>B4♭と言う優美なフレーズが聴こえます(バイオリンはたぶんビオラとオクターブユニゾンか更に+5度上あたりを弾いていると思うのですが私には確信が持てないのでぽぽんたさんに任せます)。

何が問題かと言うと、一般的に、殊にクラシック的技法を重視する人であれば、B♭が存在する場合その1オクターブ下のAは「増8度」と言う禁則音程に抵触しサウンドが濁ってしまうので使えない、つまりコードが A7 なのに A音の使える音域が猛烈に制約されてしまうのです。

ぽぽんたさんが解説されたようにベースは上行パターンを形成するためにE3となっていますが、ギターやベースのように倍音が多い楽器では禁則に直撃する A3、A4 は勿論の事、更に低い A2 であっても使い辛いと言う事情も関係していると思われます。

が、この部分ってピアノのアルペジオも A を避けてるんですよね。A7-9 から A をオミットしてベース音が E、と言うのは、バンド小僧的にはもはや A7 ではなくて Edim になってしまうので、「-1-」で書いたように「コードってなんだ?」と悩んでしまったわけです。ですので「たぶん」ですが、これは「最初にコード進行ありき」で編曲されているはずで、だとすれば、この3小節目はコードに対してかなり挑戦的なフレーズを主旋律に持って来ていると言えます。

イントロ全体を見ると、4小節目で一旦1小節目と同じ高さに戻して落ち着かせますが、これは単なる予告編で、後半はガンガン音が上がる一方です。ベースも対位法的な動きではなく一緒に上がって行くので、盛り上がる事は盛り上がるのですが「おーい、どこまで行くんだー(^o^;」と言う歯止めの掛かっていない状態となって行きます。

最後の最後にベースを一気に振り出しの音まで落として、チェロ(たぶん)とピアノが「ン、ラシ♭ラ、ドシ♭ラ」と低めの狭い音域で四分音符のフレーズを流す事で雰囲気を落ち着かせようとしていますが、直前に弦で奏でられた煽情的なトリルから上向して主音に至った緊張感を緩和するには少々物足りないと感じます。

「雨だれ」のイントロの方が「歌直前までアゲアゲ」であるようにも聴こえますが、実は「雨だれ」においては、あるパートの旋律の音程が高くなるたびに、その下に低音のハーモニーが入って来ると言う構造が繰り返されており、全体として上行と下行のバランスが保たれています。

結果、「たんぽぽ」のイントロを歌の直前で切ってしまうと、そのまま続けて演歌を歌えてしまうような気分になります。ド演歌でなくても、例えば「フォーク調演歌」と評される事の多い狩人の楽曲、個人的には「アメリカ橋」など、何の違和感も無く歌い始められそうです(絶対音感のある方には言語道断でしょうが・笑)

バラード感を出すのであれば、極端な話、三連で組み立てておいて最後の最後に8分音符のアルペジオにするとか、そこまでやらなくてもピアノかアコースティックギターが四分音符主体のストロークを弾き続けると言う手法もあったでしょう。逆に「Aメロはポップス寄りで」と言うのであれば、「夕焼け」のように電子楽器を入れたり金管で華やかさを出したり、もっと言えばメジャーコードで始めておいて陰転して歌に入ると言うやり方も考えられます。

ただ、改変するには惜しいほど美しく緻密に計算されたイントロである事は疑いようが無く、完成度が高すぎるがゆえに私が言うようなベタな手法が選択肢に上らなかったのだとも思います。

イントロだけで大変な文章量になってしまったので、今日はここまでとさせて頂きます。
_
by もっふん (2017-05-09 02:33) 

もっふん

★楽曲について-3-★

<イントロ補足>

まずは前コメントの訂正をば。m(_ _)m

×チェロ(たぶん)とピアノが「ン、ラシ♭ラ、ドシ♭ラ」と低めの狭い音域で四分音符のフレーズを
                               ↓
〇チェロ(たぶん)とピアノが「ン、ラシ♭ラ、ドシ♭ラ」と低めの狭い音域で「8」分音符のフレーズを

実は非常に控えめに、中央でハイハットが8ビートを基調として2拍4拍にアクセントを付け、ベースと同リズムでバスドラムも踏まれており、歌直前に軽いフィルインも入れています。この演奏はAメロでも継承されていますが「リズムを出す」と言うほどの存在感はありません。


<Aメロ前半>

華美なストリングス隊が姿を消すと、バスドラム+ベースの他は16分でアルペジオを弾くピアノ、2拍4拍のみのギターしかほぼ聴こえなくなります。

エレキのカッティングにはより深いエコーが掛けられ、右chで鳴った音が音場全域を駆け抜けてストリングスが抜けた左chから反射音が返って来るほど強調されている事からも、先述のようにスネアを省略した事でアフタービートが弱くなっている事は充分に認識されていて、それを補うための努力がなされていた事が分かります。

一方でピアノは2小節ごとに最後の4拍目をリフで強調する以外は4分音符一拍単位の16分上行フレーズを繰り返すようになり、これは4つ打ちが基本である事を示すするための変更であると思われますが、残念ながら音量的な問題もあって全体のビート感を変えるまでには至っていません。

ビートを支配しているのはイントロから相変わらず抑制的に演歌的な8ビートを弾き続けているベースです。この前半でぽぽんたさんご指摘のように半音しか動かずメリハリを消しているのは、曲中最も低い音域で始まるボーカルの歌い出しを際立出せるためでしょう。が、8ビートロックのリズムと言うのはあらゆる所で耳にされいて、リスナーが一度8を感じてしまうとかなり明示的な仕掛けを施さないとビート感を変える事が難しくなると言う側面も持ち合わせています(これに対して16ビートは単純に裏打ちフレーズを無くすだけで大きなノリの4ビートへと簡単に移行出来ます)。

ボーカルは「タンタタ タンタタ ター」と16分音符を含んだフレーズで始まり、後半の頭に向かって音域を上げて行きます。偶数小節の弱起的な奇数小節最後のフレーズも16分です。アクセントは拍の頭にあり、ここでようやく4分音符が強調され始めます。私が気にしていたところをボーカルで補っているようにも見えます(サウンド作りの順番としては逆なのでしょうが)。

<Aメロ後半>

満を持して左chから美しいストリングスが入って来ます。ボーカルも似たようなフレーズでありながら「タンタタ タッタッ ター」と16分フレーズを減らして徐々に大きなノリへ移行する仕掛けが組み込んであるのは筒美マジックの一つでしょう。それまで僅かな動きで抑えられていたコードが一小節に二つのペースで変わり始めベースも忙しくなり、長めの音だけで構成されたボーカルを合図に遂にドラムがスネアとバスドラムのフィルインを入れて、三連で盛大に盛り上がるBメロへと橋渡しをします。

しかし、ストリングスが入って来ると同時に、唯一2拍4拍を強調していたエレキギターのカッティングのエコーは抑えられ、更に一番高い金属的な音を出していた1弦がミュートされてしまいます(単にポジションを変えただけかも知れません)。ピアノも鳴っているのかいないのか分からないほど埋もれてしまいます。三連に繋げるために敢えて曖昧にしたのかも知れませんが、またリズムがベース頼みになってしまいました。

さきほどボーカルが4拍感を「補っているようにも見える」と書きましたが、実はAメロは前後半を通じてボーカルの最高音が各小節の3拍目にあり、そのインパクトでギターの2拍4拍は吹っ飛んでしまっています。

そのため、私が「-1-」で書いた「4つ打ち」も「2、4強調」も感じる事が難しく、4/4どころか下手をすると2/2、ベースだけを聴くと倍に伸ばしたサンバのような、何とも形容し難いリズムとなっています。「ポップでもなければバラードでもない」と書いた理由がこれです。これはこれで美しいサウンドではあるのですが、もし仮に太田裕美ではなく演歌歌手に歌わせたら立派な演歌になってしまう事でしょう。

「-2-」でもサウンドの方向性をクリアにするために私が思いついたアイデアをいくつか書きましたが、2拍4拍にスネアを入れず、ピアノやギターのストロークプレイも入れず、極力現在のテイストを生かして解決しなければならないとしたなら、私ならベースラインをいじります。

本曲のベースは「付点4分音符+8分音符+2分音符」(ボーンボボーン)と言うロック系歌謡曲の黄金パターンで演奏されているわけですが、これを「複付点4分音符+16分音符」(ボーンッボ、ボーン)に変えるだけでも「8ビートの呪縛」は随分緩みます。後半の2分音符の頭をを8分音符で分割し(ボーンッ、ボ、ボッボーン)さらには小節の最後に16分音符で構成されたフィルを入れたもの(ボーンッ、ボ、ボッボン、ヘラリ)を混ぜるなどすれば、「そこはかとなく漂う2/2感」は解消しますし、萩田氏であれば「ポップで、かつバラード」と言う領域にもっと近づけたのではないかと思います。

まあ、口で言うのは簡単で、実際に作るのは大変な才能と労力が必要なんですが(苦笑
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by もっふん (2017-05-09 15:27) 

もっふん

★楽曲について-4-★

<Bメロ&間奏など>

三連の部分については引っかかる部分は全く無く、見事なオーケストレーションで彩られた鉄板のバラードであると思います。これを聴いて、どこで何が何を演奏しているのかお分かりになるぽぽんたさんのような耳の持ち主が羨ましくもあり、ゼロから脳内で組み立てて譜面に起こせる編曲者と言うのは、私に取ってはやはり雲の上の神様以上の存在です。

気が付いた事、と言うよりも、感想としては、

・ 管弦楽器が目立つものの、ピアノもベースも気持ち良く弾いているのが感じられる。
・ ドラムのチューニングが低くミュート気味で、タムを回している部分でも殆ど胴鳴りが聴こえない。
 曲が終わる前のフィルインで、やっと「あ、鳴ってたんだ」と思うレベル。
 ロータムに至っては殆ど出音がバスドラムと変わらない、凄まじい迫力です。
・ F(maj7)>E♭>D7 と一拍ずつ降りて来る部分が滅茶苦茶カッコイイ!
 こう言う経過音コードは何通りも考えられるけれど、構成する個々の弦のメロディが美しい。
 E♭はノンダイアトニックコードなのでバンドなど薄い編成ではCm7/E♭で代用すると良いかも。
 私だったら D7 の後、勢いで D7/C に行ってたでしょうね。
・ それに続く Gm6 は普通の発想なら Gm>C7 と分割するところ。頭から 6 の音は少し邪魔。
 その場合、さらにその後の Dm/F も勢いで F>Dm と分けてしまうでしょう。
 ただ、それをやってしまうと「手紙/由紀さおり」モドキになってしまいます(笑

「やれるけどやらない」と言うのもプロとしては大切な判断であると思いました。(´・ω・`)
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by もっふん (2017-05-09 16:55) 

もっふん

★歌手「太田裕美」について★ ~ 元アマチュアボーカリストの目 ~

ご存知の方には「いまさら」な話をちょいと。

「太田裕美は裏声でも声量が落ちず芯があって美しい」
「筒美先生は彼女の声が裏返るポイントを見抜いて楽曲に反映させている」

先の「名盤プレミアム」を初め、巷間での一般的な評価もそんな感じだと思います。

「歌は基本地声で歌って、高音の限界に達したらファルセットに切り替える」
(2000年以降は地声で出る音を敢えてファルセットで歌う場合も増えています)

多くのリスナーさんやカラオケシンガーさんもそう認識している場合が殆どです。

が。

実は我々が「裏声」と呼んでいる声には三種類あります。

一つは声楽的に正しく喉を開いた状態で出されるファルセット。オペラ歌手のように声楽の修行をした人でなければ大量に息が漏れるので、甘く曖昧な感じになってしまいます。

喉を閉める事で振動部分を減らしより波長の短い音を出すトップボイス。ハードロックのシャウトのような感じになります。

そして、喉を開きつつも訓練によって声帯の振動部分を小さく保ち、地声音域からアマチュアには難しい高音までをカバーするミドルボイス。最近になって「ミックスボイス」と言う呼称で知られるようになりました。これもまた普段しゃべっている時の地声に比べると甘く優しい感じになります。

これに対して地声をボトムボイスと呼びます。

素人が歌う場合、中低域はボトムボイスを使い、音が高くなるに従って徐々に喉を締める事でトップボイスに近い声となって行き、男性のアイドルであれば hiG~A 付近が限界である場合が殆どでしょう。私がバンドで歌っていた時もそういう唱法で、猛烈に調子が良い時ですら hiB で一杯一杯になっていました。

B'z の稲葉浩志さんはライブでも hihiD を軽々と使い、シャウトであれば hihiG 付近まで出ると言う恐ろしい声の持ち主ですが、余りにも普通に歌ってしまうので、聴いてもどこが特別なのかが分かりにくいと思います。

そこで、古い曲ですが LOOK の 「シャイニン・オン君が哀しい」(Vo.鈴木トオル)を聴いてみましょう。

 https://www.youtube.com/watch?v=pCeDg67TVmA

歌い出しからいきなり hihiC を含んだフレーズです。続けて聴いていると低音部でボトムに声質が変わる事、そして、そのままでは hiG# 付近で「これ以上出ない」風情で歌っている様子などが聴き取れます。「鈴木さんは幼少期に喉を傷めたので変声期が来なかった」などと書かれた記事もありますが、hiA より上は当時あまり一般的ではなかったミックスボイスを使っているものと思われます。

稲葉さんや鈴木さんは、歌唱に当たって最初から無意識にミックスボイスを使いこなせるタイプのシンガーだったのでしょうが、普通の人は相当意識して修練しないと使えない声でもあります。

ところが、ごく稀に普段の会話からミックスボイスでしゃべってしまうような「天然ミドル」と言う声の人もいて、太田裕美さんはまさにこの「天然ミドル」だったのだと思われます。

Wikipedia に「中学校1年生のとき、同級生に『太田さんの声は変』と言われ、自分の声が個性的であることを自覚するようになった」と書かれているのはまさに「天然ミドル」を指していると考えられ、先日の「名盤プレミアム」ではかなりの部分をボトムボイスで話しておられたので、「随分と声が劣化したなあ」と感じられた方も多かったのではないでしょうか。(勿論、歳を取るとミックスボイスの音域も狭くなるので歌唱の劣化は免れ得ませんが)

普通の歌手がトップボイスにぶち当たってから息が抜けまくるファルセットに切り替えるのも一つの「味」ではありますが、太田裕美さんにおいてはミックスボイスからファルセットへと、「喉を締めるトップボイス」を経由することなく喉を開いたまま遷移して行くのが、あの独特の「裏返り方」であり、彼女の大きな魅力であったわけです。

若い頃の私は普段 hiA 上限を原則として歌っていましたが、思えばクリスタルキングの曲だけはカラオケで原調(最高音 hiC)で歌えていました。たぶん、田中さんの発声法を無意識に真似した結果「無自覚ミックス(?)」が出ていたのかも知れません。当時はまだミックスボイスの存在を知りませんでしたし、自分でも「?」の状態でしたので、当然意識して使う事など叶わなかったのですが(苦笑

読者諸氏には多くないと思いますが、これからカラオケキングを目指される方は、意識して練習すればワンランク上に行けるかも知れませんね。
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by もっふん (2017-05-09 21:22) 

きゅーぴー

ぽぽんたさんからお返事まあだ・・と思っていながら、しばしブログを手繰るのを忘れておりました。ハッと気がついて確認したところ、音楽どどどどど素人の私には、遥か高みの音楽論が重なっていました。
しからば当方としては、高尚な論議とは遥か下方に明確過ぎる一線を12本くらい引きまして、八幡平のコンサート続報をいたします。
前回のメールにも書いたように、もう10年以上前のことですが、この数か月前にある集まりがあって、岩手出身のフォーク歌手あんべ光俊さんと知り合ったのが、事の発端でした。
宿泊付きの集まりだったので、なぜか少人数で一緒にカラオケをいたしまして、郷ひろみあたりをDUETいたしました。その時に八幡平のコンサートの話を聞いて、エッサカホイと聞きに行ったのです。
あんべ氏がトップバッターで、トワエモア、上条恒彦、小室等、高田渡、杉田二郎、太田裕美、伊勢正三、ムッシュかまやつ・・きっともっといたのでしょうが、すぐには思い出せないです。
すり鉢状の野外芝生席で、ステージのみ簡単な屋根がありました。
それぞれ数曲の持ち歌と、時々コラボがあったと記憶しています。
高校のころLPを買った歌手が多くて、大変お得なステージを見たという感想です。

それから高尚な議論のなかでAmericaの話題があったので、ちょっとだけ言及します。
前もお伝えしたように、70年代終わりころミシガン州の大学へ留学していましたが、留学生仲間でこの歌は人気がありました。当時40か国くらいから来ていた留学生は、この国を通して自分の位置を再確認するような感覚があったと思います。すごく象徴的な歌に感じていました。もちろん本来はアメリカ人のための曲なのでしょうが、作者の意図の外だったとしても、幅と力のある作品だったように思います。
ちなみに、セギノウからヒッチハイクで4日間かかって・・のセギノウは州の電話会社であるミシガンベルのあったところで、請求書などの住所にミーハー心をくすぐられました。
引き続き、ぽぽんたさんや投稿者さんのハイレベルな論議を楽しみにしております。





by きゅーぴー (2017-05-13 15:35) 

ぽぽんた

nuko222さん、こんばんは! お返事が遅れ、申し訳ありません。

詳しい説明をありがとうございます! 現場を知っている方ならではの解説で、
私にとっては物凄く興味津々です(^^)
テレコの電気的特性やメンテナンスについてはアマチュアレベルならばいくらか知識に
自信があるのですが、プロ用となると次元が違う事も知っているので、本当に楽しく、
そして参考にさせて頂いています。
前にも書きましたが、2年ほど前から海外のヒット曲のマルチトラックに触れる事が出来ていて、
多いものは30トラック以上のミックスダウンをPC上でああでもない、こうでもないと
あれこれ考えながら行っています。
なので海外の特定の曲についてはマルチにどのように収録されているのかなどを
つぶさに知る事ができているのですが、
日本の曲については「名盤ドキュメント」のような番組でようやく知る事ができるのが現実で、
今回の「心が風邪をひいた日」のマルチも、自分で直接触れたらこんなに楽しいかと思います。
恐らく番組中でもマルチトラックテープを直接操作しているのではなくて、
全チャンネルをDAWに取り込んだものを使っているのだろうと思いますが、
そのように取り込んだだけの音源を販売してくれないものかな、といつも思います。

余談ですが、「ハーモナイザー」はEventide社製の商品名で、他のメーカーは
Pitch Shifterなどと呼んでいたようです。
大瀧詠一さんの「君は天然色」はベーシックトラックではBメロがキーがEで、
歌ダビの段階でキーが高すぎると判断し、急きょハーモナイザーでキーがD
(Aメロと同じ)となるように調整したオケを作ってから歌ダビをしたそうで、
そのためBメロ部のオケはやや音質が固くシュワシュワした音になっています。

by ぽぽんた (2017-05-13 23:54) 

ぽぽんた

きゅーぴーさん、こんばんは!

あれ? この記事へ頂いたコメントへは、6日付で返事を書かせて頂いていますが
…違う記事、ですか? もしそちらにお返事を失念していたらごめんなさい。

私はもう何も言っていなくて、全部もっふんさんが解説して下さっています(^^;)
私も頂いたコメント(と言うよりは記事として成立していますね)には、
その情報量の多さにお返しができないでいます。

いろいろなお付き合いがあったり経験されていたりと羨ましい限りです。
読ませて頂いているだけで楽しくなります(^^)
まだ他にもあれば、ぜひ知らせて下さいね!

私もいい歳なのに、まだやりたい事はできていない、行きたい所には行けてない…
と欲求不満が蓄積する毎日です。
そんな中、きゅーぴーさんの投稿を読ませて頂くと何だか勇気が出るような、
もっといろいろと経験していいんだ、と気強くなります。

明日(いや、もう今日ですね)はクイズなど予定していますので、良かったら
ぜひまたおいで下さい(^^)/
by ぽぽんた (2017-05-14 00:11) 

nuko222

有難うございます。追記だったので返信頂き恐縮です。

ハーモナイザーは確かにEVENTIDE社の商標登録だと思いますが、効果が同じ様なものを、当時ハーモナイザーと呼んでいたので思わず書き込んでしまいました。

チャンネルシートには些細な記述(略号表記の関係者間にはわかるもの)でもその都度の作業内容が日付と共に記載するのが常識だったので、じっくり見てゆくと作業の進行具合が判ります。(是非、チャンネルシートの部分をスクリーンショットして研究するのは一考の価値があるかと思います)

肝心のエンジニア(ミキサー)についてはマルチのシートにも記載が無かったので複数の方が携わったなどの事情があったのでは?
(アーティスト専属担当ミキサーが無かった?もしくは「職内」?)

今度こそ返答不要です。長編の愚問にご返答頂き有難うございました。
次回を楽しみにしております。

by nuko222 (2017-05-14 01:08) 

ぽぽんた

nuko222さん、おはようございます。 返信不要と言って下さっているのに
しつこくてすみません! 一つだけ…

アルバム全曲ではないと思いますが、「木綿のハンカチーフ」については
エンジニアは東芝の社員だった行方洋一氏だそうです。
何でも筒美京平氏が行方氏の作る「派手な音」がとても気に入っていたそうで、
「木綿…」についてもご指名だったのでしょう。
レコード会社が違うのでアルバイトだったわけで、大人の事情関係は大変だった
のではないでしょうか(^^;

ではでは…。

by ぽぽんた (2017-05-14 09:41) 

きゅーぴー

ぽぽんたさん

確かに6日にご返事を頂戴しています!

お返事まあだ・・の後の高邁な論議に圧倒された+寄る年波により、とんだとんちんかんな表現をしてしまいました。
お許しください。

1回目のご返事で「八幡平の話を」という社交辞令を真に受けて、再度投稿しようと思っているうちに、専門的な内容にハマって時間がたったというのが真相です。

お伝えする話題があれば、またまた投稿させていただきますね。



by きゅーぴー (2017-05-14 11:42) 

ぽぽんた

きゅーぴーさん(目の前に母が持っていた大きなキューピー人形があるので、
こう書くとつい笑ってしまいます(^^;))、こんばんは!

このブログもかなり長いことやっているので、定期的にやや専門的な方向に
走ってしまう波のようなものがやって来るようです。
用語などでよくわからない事がありましたら、遠慮なく質問して下さい。
ちょっとした言葉の意味がわかるだけで、それまで何となく疑問に思っていた事が
芋づる式に解決する事もありますので、ぜひここを活用して下さいね。

ご投稿、いつもお待ちしてます!

by ぽぽんた (2017-05-14 23:02) 

White Autumn

きゅーぴーさん

はじめまして。"America"についてのお話を拝見しました。
留学生たちが、アメリカという国を通じて自分の位置を再確認する感覚を持っていたとうかがって、松本さんは太田さんの作詞を通じて、当時の音楽業界における自分の立場を考えてみたかったのかも、と不意に思いました。

「心が風邪をひいた日」のアルバムと木綿のシングルが発売されて間もない頃、松本さんはゴーゴーナイアガラのゲストに出演しました。ポケットいっぱいの秘密をまずかけて、

「昔の松本君を知っている人には、大変身したと思われているようだけれど、それでいいの?」

と聞かれて

「そう思ってもらうほうがやりやすい。」

と答えていました。
心の中では変身などしたつもりは全くない、自分は自分だし、いつかわかってもらえるだろうと考えていたでしょうが、それでも自分の立ち位置にはかなげな思いにとらわれることがあった様子もうかがえます。だからこそ"America"を翻案した詞を書きたくなったのでしょう。

「それははてないひぐらしの旅」

にはその思いが投影されているようにも思えました。


私がちょっと悪戯した「80年代版」は、都市の人の生活の歌を作ろうとしていた松本さんが、80年代を迎えるとリゾート感覚を前面に出す作風を取り入れて、それが時代に受け入れられたことを意識しています。現実の都市を描くよりも、ほとんどの人が経験していない天国のような場所こそが憧れであると悟ったようにも思えます。
by White Autumn (2017-05-16 16:29) 

きゅーぴー


White Autumeさん。

私なんかの雑な文に反応いただき大変恐縮です。
舌足らずな前回の言及にちょっとだけ補足します。
留学生という中途半端な立場で暮らしていても、明らかに別世界に来たのだなと日々感じていて、日本で聞いていたAmericaが違う感慨で迫ってくるようになったということをお伝えしたかっただけです。多くの国から来た留学生同士の交流で、いくつもの知らない文化に触れることで、多面的な発想や自分から動けば「道」がある社会を経験したのだと思っています。
当時この曲を自分に当てはめることが容易な気がして、きっと不安の中で自分の位置を探ったのではないかと思っているのです。
何人か代わったルームメイトの一人であるタイからの留学生とも、この曲を話題にしたことを覚えています。

また専門的なコメントをへーへーへーほーほーほーと楽しませていただきます。


by きゅーぴー (2017-05-17 19:28) 

widol

ぽぽんたさん、こんにちは。
先日、渋谷の太田さんのソロライブに行ってきました。750ほどのキャパなので満席でした。新しいロゴが作られ、たくさんの人がTシャツやクリアファイルなど長蛇の列で買い求めていました。

冒頭は梅雨時期らしく雨よ曲3曲。「雨の予感」は生で初めて聴きました。そのあとは『Feelin' Summer』などから夏向けのアルバムから夏の曲が多数。「エアポート'78」には驚き。

『心が風邪をひいた日』がNHKで放送された事もあり、そこからの選曲も多く、「袋小路」「青春のしおり」など感動ものでした。生で初めて聴いた「七つの願いごと」も良かったですが、残念ながら太田さん、最後に歌詞を間違えて、全部「何かが変わる」と歌ってしまい、がっかり。まあ、それを除けば相変わらずのお声で良かったです。地声の音域が狭くなってきているのは仕方ないですね。

ライブでも言っていましたが、『心が風邪をひいた日』のアナログ盤が出ます。また、Stereo Soundの太田裕美プロジェクトの第二弾で、『心が風邪をひいた日』と『12ページの詩集』がSACD化される事も決まりました。ハイレゾに続いて太田さんの初期のアルバムがどんどん高音質のメディアになっていくのは嬉しい事です。それだけ評価されているという事にもなります。

ぽぽんたさんも是非高音質の『心が風邪をひいた日』を是非聴きてみてください。
by widol (2017-07-04 08:31) 

ぽぽんた

widolさん、こちらでもこんばんは!

うらやましい! 太田裕美さんのライブは、大昔に学生だった頃から一度は
行ってみたいと思っていました。
私も機会があれば早めに行きたいと思います!

テレビなどで観る限りは、太田裕美さんは本当に声が変わらないですね。
ちょっと音色的にキツくなってきたかな、とは思いますが、雰囲気が
全く変わらないのが不思議です。

「心が風邪をひいた日」は、私は中2の頃、発売されたばかりの頃に
友人からLPレコードを借りて、あまりに良かったので後で自分でも
レコードを買いました。
今回発売されるアナログ盤は、きっと音質が良くなっている事と思います。
十分楽しむには、それなりの再生装置が必要かも知れませんね。

そうなんですよね、ハイレゾ。 「心が…」はCDはCD選書でしか持っていないので、
ぜひハイレゾで聴きたいと思います!

by ぽぽんた (2017-07-05 23:27) 

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