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たとえば…たとえば / 渡辺真知子

今聴くとすごく斬新です(^^)

tatoeba.jpg

チャートアクション

「たとえば…たとえば」は渡辺真知子さんの4枚目のシングルとして1979年1月に発売され、
オリコンシングルチャートで最高13位(同年2月19日付)、同100位内に13週ランクインされ
11.8万枚の売り上げを記録しました。


作家について

作詞は前々作「かもめが翔んだ日」と同じ伊藤アキラ氏。
「たとえたとえで たとえても たとえきれない やるせなさ」
と都々逸のような言葉遊びが印象に残りますが、
氏があの「南の国のハメハメハ大王」(NHKみんなのうた)、
♪この樹なんの樹 気になる樹♪ のフレーズで我々の世代には馴染み深い「日立の樹」
などの作者でもある事を考えると、♪たとえたとえ…♪ の歌詞も伊藤氏らしいかも…
と思えてきます。

作曲は渡辺真知子さん自身、編曲は船山基紀氏と、デビューから1980年頃までにわたり
一貫していたコンビネーションによる1曲です。


全体の構成

構成としては2ハーフ、キーはFマイナー(ヘ短調)、リズムは8ビートが基調と
ごくオーソドックスなものです。
ただしテンポは、100~120bpm程度が普通である歌謡ポップスの中で、
「たとえば…たとえば」は約140bpmとかなり速く(それでも「かもめが翔んだ日」
よりはいくらか遅いのですが)、
良く言えばスピード感がある、悪く言えば慌ただしすぎる…と評価が分かれそうです
(140bpmとは、1分間に4分音符を140回打てる速さと言う意味です)。

しかしよく聴くと、イントロでピアノとストリングスによる超速パッセージの後に
ややテンポが緩んでいるんですね。
レコーディングの速度キープがクリックによるものではなく、
アレンジャーが演奏の流れに合わせてオケを前にタクトを振り、
微妙にテンポを調節している事が伺えます。


歌メロは、
Aメロ:♪たとえば たとえば…♪
Bメロ:♪たとえば 愛している人に…♪
Cメロ:♪たとえたとえでたとえても…やるせなさ♪

と分ける事ができます。

この曲の特徴の一つに、サビがどこなのかよくわからない事が挙げられます。
インパクトが強い、曲名をそのまま表していると言う意味ではAメロがサビ、
即ち頭サビと見なすのが適当なのですが、
歌詞で最も伝えたい部分はBメロと思われれますし、
Cメロにも強い主張が感じられ…と、結局は聴く人次第との事なのでしょう。
その分、どこをとっても焦点がやや甘い、とも言えそうです。


歌メロ部の考察

イントロやコーダも含めた楽譜を作成しましたので、参考までに
(文中の小節番号は楽譜の各段先頭にある数字で判断して下さい):
TT full score.jpg(サムネイル上クリックで大きく開きます)

最初に知っておきたいのが、Aメロは2小節単位で進行するのに対し、
Bメロ~Cメロでは3小節単位で進行する事です。

この曲を含め、ごく一般的には3拍子であれ4拍子であれ、
メロディーは2小節ごと、あるいは4小節ごとに区切る事ができるのが普通で、
最も自然に聞こえる進行でもあるのですが、
「たとえば…」ではBメロに入ると突然3小節ごとの区切りとなり、
初めて聴いた時には恐らくその部分で「え?」と感じる人が多いと思われます。
(何度も聴いているうちに馴れてしまうものですが)。

ただBメロでは2拍3連が続き、リスナーによろよろと浮遊感を覚えさせるので、
そのために3小節単位の進行もさほど不自然に感じられないのかも知れません。

そしてCメロではそれまで4/4拍子で流れてきたのが ♪やるせな♪ で
これまたいきなり2/4拍子となり、次にすぐに4/4拍子に戻ります。
意識して聴いているといささかつんのめり気味、もしかしたら字数合わせでやむを得ずか…
と思わせますが、恐らくそこもインパクト重視の計算なのでしょう。


歌メロの音域は下のFから上のD♭までの1オクターブ+短6度とかなり広いのですが、
歌に説得力を持たせるために高音域も去ることながら、
低~中音域での明確な発声が重要であると思われます。

渡辺真知子さんの声域はアルトに近く、低~中音域での音質が充実していますし、
高音域では地声はB♭まで、それ以上ではファルセット頼りになるものの、
限界点でひっくり返りそうになる声が悲壮感を帯びむしろ魅力的になるのも聞き逃せないですね。

そして歌メロの動きがとても細かく、臨時記号(この曲では♭とナチュラル)が
多用されているのが特徴です。
特に30小節目(♪…つたえきれない♪)は半音単位の動きであり、
歌いこなせる自信がないと書けないと思いますし、
そこを含めア・カペラ(無伴奏)で正確に歌い通すのは至難の業でしょう。


コード進行については、歌メロでは見られないカウンターライン(この曲ではベースを
1音、または半音ずつ下降させていく動き)がイントロや間奏にありますが、
それ以外では特に変わったものは見られません。

ただコードチェンジのタイミングを意識的にずらしていると思われる箇所があります。
それはイントロが終わり歌に入る部分(14小節目)と、Cメロに入る部分(38小節目)です。
14小節目は頭からC7、38小節目は頭から F mにコードが当てられるのが通常ですが、
それぞれ1小節分、半小節分の間、前のコードを引きずってから次のコードに移っているんですね。

太田裕美さんの1977年のヒット曲「九月の雨」(作詞:松本隆、作・編曲:筒美京平)では、
2度ある ♪September (rain rain)♪ のメロディーがそれぞれ、その次の小節に使われる
コードに合う音で作られているのですが、
「たとえば…」ではその逆をやっているようなものです。
音楽としては、歌い出しの ♪たとえば~♪ は最初から C7 であっても問題ないですし、
♪たとえたとえで…♪ は最初から Fm でも全く問題ないわけですが、
そうしなかったのはインパクト重視と言うよりも、流れをより自然にしようとした
試みでは、と思われます。


ニューミュージックと呼ばれる音楽では、4和音のコードでの4番目の音、
つまり B♭7 だと♭7の音(A♭)、CM7ならばM7の音(B)をメロディーに意識的に多用したり
ロングトーンで使ったりなどして歌謡曲との違いをアピールするような作品が多いものです。
「たとえば…」でもそれはいくつかあって、Bメロ ♪たとえば~(愛している人に)♪、
♪(私だけの)人じゃないの~♪ などでそれは生かされています。

またBメロの ♪私だけの 人じゃないの♪ の中での「ひ」に当てられた音の選択、
♪たとえたとえで…♪ での隣接音・経過音の使い方等々、
この曲のメロディーはソルフェージュ(伴奏なしに楽譜を見ながら独唱する事です)の
訓練のために作られたのでは?と言いたくなるほどの難易度があります。

演奏とサウンドについて

まずイントロが始まるとその速いフレーズに驚かされますね。
約140bpmで16分音符でまくし立てるようなこの演奏はストリングスとピアノによるものですが、
ストリングスだけだとこれくらいの速い演奏はそう珍しくないし、
ピアノだけだとハノンの指練習を速く弾いているくらいのイメージしかならず、
その両方が合わさる事で独特のスピード感が発揮されているんですね。

現代では打ち込みを使えば、同じ楽器音で同じように(いや、もっと速くでも)
演奏させる事は容易いのですが、
実際にやってみると「やっぱり機械じゃん」と言う感じにしかならない場合が多いんです。

人間が演奏しているから…との前提で聴いているからとしても、
40年近く前の作品なのにこの曲の演奏を「凄い」と感じさせる何かがあるのは確かで、
それは、打ち込みでどんな演奏も実現できる、修正もいくらでもできる…
と言った環境では得られない、実力のある演奏者にしか出せない深みなのでしょう。


イントロが終わり2拍のブレークで「あれ?」と思っていると ♪たーとーえーばー♪ と
歌が始まりドカン!とティンパニが響くとさらに歌が続いていくわけですが、
しばらくはティンパニの音が頭から離れない…と言う人も多いのでは(^^)
尚、ティンパニはイントロと間奏でピアノ・ストリングスの速弾きから次のフレーズに
移る時にも派手に鳴っていますね。

歌メロに入ると、Aメロではピアノ+フルート、Bメロではストリングス→ハープシコード、
Cメロではストリングスと、ほぼ全篇にわたって楽器が変わりながら裏メロが演奏されています。

ベーシックはドラムス、ベース、左にエレキギター、右にアコギ、そしてピアノと、
鉄壁と表現したくなるような手堅い、しかしそれぞれどこか主張が感じられる演奏です。
ハーフ前の間奏で左のエレキギターがカッコいいプレイをしてます(^^)

ストリングスは左右にオーケストラ配置で広がり、ホーンセクションがその間の中央に
配置され、随所で曲の流れを引き締めています。

全体に派手な演奏の中で、ステレオ録音で左右に広がって聞こえるハープシコードが
ムードメーカーのような役割をしています。
そのサウンドはつつましいながら、BメロからCメロに移る時には大胆にダウングリスして
その存在をアピールしているかのようです。
そこだけを聴くと、キャンディーズの「なみだの季節」のイントロそっくりです(^^)

イントロのインパクトに較べてコーダがどうも地味で、どうせなら最後にもう一発
キメて欲しかった、と思うのは私だけでしょうか(^^;)


付記

「たとえば…たとえば」について、作曲家の宮川秦氏は当時朝日新聞に連載していた記事
「歌は世につれ」をまとめた著書「サウンド解剖学」にかなり辛辣な言葉を残しています。
それを抜粋すると…

「デビュー曲はインスピレーションが作らせた大傑作と感心するのですが、二作、三作と、
徐々に計算やひねくりこねくり回しが多くなり…
決定的にいけないのは『たとえば…たとえば』です。
あの早いテンポで難しい音程を歌うことに振り回され、情感はどこへやら吹っ飛び、
残ったものは真知子、勉強してます!!の姿勢のみ。
これじゃ売れるはずがない。 だんだんメロディーがしつこく、頭でっかちになってくる…」

実際には先述の通りオリコン13位まで上昇したので成績としては中ヒットでしたが、
売り上げ枚数は前作「ブルー」の1/3ほどであり、確かに失速した感はありました。

上の拙文にあれこれ書いたように、歌メロだけでも細かい計算がいくつも見られますし、
そのために普通の人にはとても歌いこなせない作品になってしまっている気もします。

しかし今、改めて聴き直すとそこかしこに冒険が感じられ、「かもめ…」の余勢を
駆っている感はあっても、それ以上の曲を作ろうとする意欲が感じられるんです。

私には情感が吹っ飛んでいるとも感じられず、主人公の気持ちの切迫感が伝わってきます。
そう感じられるのは、時代のせい、年齢のせい…かも知れませんが。

当時はニューミュージックが台頭し始めていて、作家・歌手は、
どれほどの高いレベルで作っても大衆に受け入れられるだろうか、と実験していた側面も、
きっとあると思います。
それが正しいならば、日本の音楽が健全に進歩していた時代だったと言えるのではないかな。

「たとえば…たとえば」も、渡辺真知子さんとスタッフが結束し、
音楽的レベルの高い作品を世に出そうとして出来た作品であると私は信じますし、
だから今聴いても新鮮に楽しめるのだろう、と思います(^^)


「たとえば…たとえば」
作詞 : 伊藤アキラ
作曲 : 渡辺真知子
編曲 : 船山基紀
レコード会社 : CBSソニー
レコード番号 : 06SH444
初発売 : 1979年(昭和54年)1月21日

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